第六話

 くらあぶみは取りに来た騎士団員に問題なく納品し、約束通りちょっきょ状と自由に王城に出入り出来る入城許可証まで受け取った。もちろん入城後は案内という名の監視がつく。


 俺たちが社屋ごと異世界に転移し、が起動したことで始めにやったこと。それはドローンでの偵察や自転車の取り寄せではない。


 まず現在の状況を元いた世界に知らせるためにメールなどで連絡を試みること。これは失敗した。


 次に物質転送装置で手紙を送ること。これも失敗だった。転送で消えるはずの手紙がそのまま残っていたからだ。屋上や少し離れた社屋外には転送出来たので装置の故障という線は考えられない。


 あるいは物質転送装置の誤動作で俺たち自身が地球のどこかに転送されてしまったという希望。しかしどの国の人工衛星の電波も捉えられなかったし、そもそも動物は転送出来ないのだからその望みも絶たれた。


 極めつけはドローンからもたらされた映像である。まだ早朝で人影はまばらだったものの、獣の耳と尻尾を生やした人や耳の長いファンタジー種族、あのエルフ(仮)の姿まで見えたのだ。エルフが(仮)なのは、その人が単に耳が長いだけかも知れないからである。


 ただまあ男性だったし、クソみたいにイケメンだったからあれが高尚なエルフ族だと認めたくなかっただけかも知れない。超美人なら実年齢がたとえだろうとお友達になりたいと思っただろう。


 とにかく俺たちは本当に異世界に飛ばされ、元の世界に帰るどころか連絡手段さえないということだ。


「いきなり勅許ちょっきょ状とははるとし、ずい分あの王様に好かれてないか?」

「理由は分からないが、だとしたら都合がいい」


 勅許状とは君主が発する公的な認可状のことだ。俺たちの場合はラビレイ王国のトップ、国王から商売を許されたということである。


 通常商業ギルドが鑑札を発行する場合は申請してから審査に数週間かかるそうだ。しかし勅許状があればその日か翌日には発行されるらしい。国王が認めているので審査など必要ないからだろう。そんな申請者を審査で落としたりしたら国王に反対したことになってしまう。


 鑑札とは商業ギルドが発行する営業許可証で、俺たちには勅許状があるから不要ともいえるが、広く商いをするならギルドに所属して鑑札を受けた方が何かと便利だと教えられた。また、店舗を構えた際に客から見えるところに飾るだけで信用が段違いに上がるとのこと。


 商売するには絶対に必要なのではないかと思ったが、この国では露店や屋台で商うだけなら鑑札はいらないそうだ。つまり商業ギルドへの加盟も不要ということである。


 加盟するのに金貨一枚、会費が毎月小金貨一枚かかるのだから、細々とやっている露店や屋台の店主にしてみれば割に合わないのも肯ける。王国もその辺りは分かっているようで少額でも経済が回らないよりはマシと、そんな制度にしていると聞かされた。


はるとし、商売ってなにを始めるんだ?」


「そうだな。露店や屋台でもいいけど、俺たちは今すぐ小銭を稼がなければ生きていけないってことはないから、最初からきっちり儲けていく方向で考えようと思ってる」

「だとするとやはり貴族相手ですか?」


ようへい、どういうことだ?」


せき先輩、王様の話ではこの国には貴族もいると聞かされましたよね」

「ああ、ラノベとかアニメとかによく出てきた爵位なんかのことだな?」


「そうです。多分ですけどだいたいが見栄っ張りで、よほどの貧乏貴族でもない限りお金だけは持っています。おおうち先輩はそこから巻き上げようと言っているんだと思います。違いますか?」


「洋平、巻き上げるとか人を悪党のように言うな。贅沢品を提供して正当な対価を受け取るんだ。最初のターゲットは女性で、香水や化粧品なんてどうだ?」

「お茶会での宣伝効果を期待ということですね」


「そうだ。まあ、お茶会をやってるかどうかなんて今のところは分からないけどな」

「ドローンを飛ばして情報を集めましょう」


「しかしよ、遙敏」

「どうした、たけあき?」


「お前と洋平は香水とか化粧品とかの良し悪しって分かるのか? オレは分からんぞ」

「う…………」


「そんなの市販品のちょっといいヤツで十分じゃないですか?」


「でも化粧品って同じ洗顔料でも肌の質だか何だかで種類があるらしいぞ」

「そうなんですか!?」

たけあきはよくそんなことを知ってるな」


「姉ちゃんが化粧品オタクでな。聞いた話は十分の一も覚えちゃいないが、うちは家族一人一人に専用の洗顔料とか化粧水とかもあったくらいだ」

「化粧水?」


「肌に潤いを与えるんだと」

「猛暁も使ってたのか?」


「ちゃんと使わねえと姉ちゃんがうるさいんだよ」

「幼馴染みの意外な局面を知った気分だ」


「中学からの腐れ縁だろ。幼馴染みカテゴライズされるとむず痒いからやめろ」


「恋とか始まっちゃいます?」

「「それはないっ!!」」

「あはは、冗談ですって」


 しかしそう考えると貴族相手に化粧品で商売というのは難しそうだ。ここはまず露店を出して様子を見るべきなのだろうか。使い捨てライターなどの生活雑貨を売ってみるというのも手かも知れない。


 ただラビレイ国王から、売ろうとする商品は先に見せろと言われている。俺たちの世界の技術を知って、この世界で売っても問題ないかどうかを見極めるためだそうだ。王城に出入り出来る入城許可証はそのために発行されたのである。


 実は俺としてもありがたい。何せ自転車の武器転用を考えるほどなのだ。俺が車輪のスポークが暗器になると言ったのは袖に隠し持って急所を一突きに出来るからである。あの軽さと強度を備えた金属製品はこの世界では作れないだろうと予測してのことだった。


「露店か。なにを売る?」

「使い捨てライターは定番ですね。あれはこの世界では簡単に複製出来ないでしょうし」


「ポップコーンの実演販売なんてどうだ? カセットコンロとフライパンか鍋があれば作れるだろ」

「関先輩、食べ物は画期的過ぎて行列になるのがあるあるですよ」


「なら機材と材料を多く持ち込めばいいじゃねえか」

たけあき、人手はどうするんだ?」

とか孤児院とかないのか?」

「両方ともドローンの映像にありましたね」


「どっちが貧しそうだ?」

「同じような感じです。孤児院は貧民街の教会が兼ねているようでしたから」


「教会かぁ。下手に仕事を与えると面倒なことにならないかな」


「その辺は王様か宰相様に聞いてみるしかないでしょうね」

「じゃ、もう少し売る物を決めてからお城に行くとするか」


 そこで俺はまた自転車で行かなければならないことを思い出して、憂鬱な気分に苛まれるのだった。

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