第五話

「これは……」


 王城を出てから一時間弱で俺とシミオン国王一行は社屋前に到着した。


 いやー、行きよりは楽だったよ。国王を乗せた馬車が人の歩く速度とあまり変わらなかったからだ。その分時間もかかったが、大して息切れせずに済んだのはありがたい。


 まずは出迎えてくれたたけあきようへいを紹介し、国王を社屋に招き入れたところである。宰相のレミーさんは最後まで国王の供をするとごねていたが、それなら誰も中には入れないと言ったところ国王が強権を発動したというわけだ


 そして今彼は、ロビーに鎮座したオブシディアンのごとくに黒く輝くきょうたいを目にして言葉を失っていた。


「ラビレイ陛下、先に申し上げなければならないことがあります」

「許す、申せ」


「俺たちと社屋はこの世界とは異なる世界からやってきました」

「異なる世界? 国ではないのか?」

「はい。陛下は社屋やあの装置がラビレイ王国や他国で造れると思われますか?」


 社屋の壁はこの世界の破城槌はじょうつい程度にはビクともせず、照明も火を使っているわけではないと説明した。


「俄には信じ難いが、申していることは道理と受け取れるな」


 ラビレイ国王に秘密を明かしたのはようへいからの提案で、たけあきも了承してのことである。その方が何かする度に咎められることもなく、この先も面倒を避けられそうだからだ。


 それに国王に秘密を知らせることにより、ちょっかいをかけてくる貴族に対して防波堤の役割も担ってくれるのではないかとの期待もあった。


 異世界あるあるでは転移や転生をひた隠しにするケースが多いが、起こったことは事実なのだから隠す必要なんてないと俺は常々思っていた。それは洋平も同意見だったようだ。ただし明かす相手は慎重に選ばないと自分の首を自分で絞めることになるのも、俺たちはちゃんと理解していた。


「ではこれからくらあぶみを召喚します」

「召喚!? 召喚と申したか!?」

「はい」


 取り寄せるとかだと味気ないので、異世界風に召喚と呼ぶことにしたのだ。もちろん厨二病患者洋平のアイデアである。


「ですが先ほども申し上げた通り、ここで目にすること聞いたことはくれぐれも他言されませぬように」

「う、うむ」

「洋平、頼む」

「はーい」


 例の見覚えがないと言っていた明るく虹色を発しているモニターに洋平が指先で触れると、物質転送装置がブーンという地鳴りのような音を発し始めた。コの字型の奥の壁にある上下二列、計二十個のLEDが左上から右に向かっておよそ一秒間隔で点灯を始め、中心付近に青い光が現れ徐々に明るさを増していく。


 その青が白に変わるほどまばゆく輝いた直後、二組の鞍と鐙が姿を現した。


「これが……召喚魔法……」

「魔法?」

「魔法ではないのか?」

「あ、いえ、魔法です、魔法で合ってます」


 そういうことにしておいた方がよさそうだ。


「くらとあぶみというのは召喚獣のことだったのか。なるほど、それなら馬上で安定し、手綱から手を離して槍を両手で振るえるというのも肯ける」

「あ、あははは…………」


「しかしこれは其方のけんぞくなのであろう?」


「ああ、そのことでしたらご心配には及びません。これらは生物ではありませんので食事などを与える必要もないんです」

「なんと!?」


「その代わり命令しても自分で動くことは出来ませんけどね」


 鞍と鐙の装着方法の説明は乗馬経験のあるたけあきが担当した。騎士たちが馬二頭と猛暁を囲み、その内の一人が猛暁のやり方を参考に見よう見まねでやってみている。


 鞍も鐙も馬に慣れさせる必要があり、かつ鐙に足をかけた状態で落馬すると引っかかって頭から落ちたり足に大怪我を負う危険性があることも説明した。


 もっともはだかうまからの落馬も頭や腹を踏まれて落命することもあるとのことで、騎士たちは意に介する素振りさえ見せなかった。それよりも彼らの興味はすでに乗馬へと移っていたのである。


「陛下、鞍と鐙を装着した状態で馬を走らせてみたいのですが」


 猛暁が乗り方の手本を見せたところで、騎士団長のレイバンさんが国王に許可を求めた。迷いなく了承され、まずは団長と団員の一人が鐙に足をかける。副団長が後回しになったのは、万が一事故が起こった場合に第一騎士団のトップ二人が欠けないようにするためだそうだ。


「こ、これはなんとも……」

「こんなに簡単に乗れるとは……」


 二人とも片足を鐙にかけるとそのまま飛び乗るようにして鞍に跨がってしまった。鎧が革製で軽いからとか関係なく、さすがに騎士だけあって身体能力の高さは伊達ではないようだ。


 二人が走り去ってから十分ほどして戻ってきた。その顔を見る限り満足出来たようである。


「陛下、宰相閣下、これは素晴らしいです!」


しゅうまで試してみましたが、腰を浮かすことが出来るので突撃しながら槍を振り回せます!」

「それほどか!」


「オオゴウチ殿の説明にあったように乗馬の訓練も容易くなりましょう!」


 二人の報告を聞いた他の騎士たちが、競って馬を取り合っている。鞍も鐙も最初の納品だけで、後はこの世界でも複製が可能なはずだ。自転車を武器転用されるよりよほどいい。


「商人ハルトシ・オオゴウチよ」

「はっ!」

「献上品は鞍と鐙でよい」

「数は百ずつで?」


「うむ。それとこれらは我が国でも作れそうだ。製法は献上せよとは申さぬ。売ってはくれまいか」

「ライセンス契約ですね」

「らいせんす契約?」


「知的財産の使用、利用を許諾する契約です。恐れ入りますが我々はこの国の貨幣の種類を存じておりませんのでご教示頂けますか?」

「レミー、答えてやれ」


「はっ! 貨幣には金貨、小金貨、銀貨、銅貨、小銅貨、それと庶民にはあまり馴染みはありませんが、大きな取引の際に使用する王国白金貨というものがあります」


「新人騎士の初任給と新人文官の初任給、安宿の素泊まり一泊の料金を教えて下さい」

「騎士も文官も給金は能力によるので初任給でも一定ではありませんぞ」

「では最低額をお願いします」


「それならば基本給のみとなり、騎士も文官も月に金貨一枚と小金貨五枚。安宿は王都と他領や地域により異なりますが、王都ですと銀貨五枚といったところですな」

「レミー宰相閣下、ありがとうございます」


 物価や価値観も違うので一概には言えないが、日本円換算ではおおむね金貨一枚が十万円、小金貨は一万円、銀貨は千円くらいではないだろうか。根拠は金貨一枚が小金貨十枚に相当し、小金貨一枚が銀貨十枚に相当すると教えられたからである。


 ありがたいことにこの世界も十進法が通用すると考えてよさそうだ。とすると銅貨が百円で小銅貨は十円だな。


 ちなみに胡椒や砂糖は異世界あるあるのご多分に漏れず非常に高価らしい。商品として扱うなら注意が必要となるだろう。当面は手を出すべきではないと考える。塩は貴重品ではあるがそこまで高いというわけではないようだ。


 また契約もそうだがこの地で生きていくとなれば暦や年度、習俗なども知っておかなければならない。レミー宰相曰く、一年は三百六十日で一月は三十日、六年に一度十三月があるとのこと。あまり合理的とは思えないが、ラビレイ王国のあるリムノ大陸では共通の暦だそうだ。


 年度は一月一日から十二月三十日まで。十三月がある年は年度末が十三月三十日になるそうだ。成人年齢は十五歳、どうしても戦争などの影響で男性比率が低いため一夫多妻制とのこと。これも異世界モノではよくあることだな。


「では十年契約で年間金貨百枚でいかがでしょう。契約満了後は技術はご自由にお使い下さい。お支払いは来年からで構いません」

「そんなに安くて構わないのですかな?」


「はい。その代わりこの国で自由に商売する許可を頂きたく存じます」


「よかろう。勅許ちょっきょ状を用意しておく。それを商業ギルドに見せればすぐに鑑札が発行されるはずだ」

「陛下、ありがとうございます!」


 鞍と鐙の納品については二日後に騎士団が荷馬車をともなって取りに来ることになった。勅許状もその時に持ってきてくれるそうだ。自転車で往復しなくて済むのは素直にありがたい。


 それから間もなく、国王と宰相を乗せた馬車は騎士団に護られて城へと帰っていくのだった。

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