第四話

 ラビレイ王国王城玉座の間。奥の玉座に座るこの国の国王シミオン・ファーガス・ラビレイの前で、俺は片膝をついて頭をさげていた。国王から顔を上げていいと言われるまでこうしていろと教えられたからだ。


 まあ、アニメやコミックなどで見たことがあるから難しくはない。


がラビレイ王国国王シミオン・ファーガス・ラビレイである。面を上げて名を名乗れ」

「はっ! 商人ハルトシ・オオゴウチと申します。国王陛下のご尊顔を拝する栄誉に浴す機会を頂きましたこと、恐悦至極に存じます」


「率直に尋ねる。あの建造物はなんだ?」

「私の社屋にございます」

「しゃおく? しゃおくとはなんだ?」


「会社の建物です」

「かいしゃ?」


「ああ、申し訳ございません。会社とは私の国の制度でして、こちらで申しますと商家のようなものだとお考え下さい」


其方そなたの国とはどこだ?」

「はるか遠方にございます」


「そうか。其方の国のかいしゃとやらは、一様にあのようにして一晩で建物を建てるのか?」

「それについてはお詫び致します。あそこに建ててしまったのは私としても予定外でした」


「では我が国を訪れたことも予定外であったと申すのだな?」

「はい」


「ならば出ていくことは出来るのか?」


「申し訳ございません。を撤去する手段がございません」

「そうか」


 俺たちも突然転移させられたのだ。解体しろと言われても困るし、がなければ生きていくことすら危ういだろう。異世界あるあるの冒険者になるにしても、基礎体力諸々で俺たちには荷が重過ぎるのだ。


「時に其方、商人と申したな」

「はい」


「どんな物を扱っておる?」

「なんでも、にございます」

「ほほう、なんでもと申すか」

「はい」


「ではあそこにいさせてやる代わりになにか余が思いもよらぬものを献上せよ」


「私もそのつもりでおります。ただ、なにを献上すればいいか思いつかず、陛下にお尋ねしようと考えていたところなのです」

「ふむ。なんでも扱っておると申したな」


「はい。ですがなんでもとは申しましても実在しないもの、あるいは実在しても入手不可能なものはご容赦下さい」


「実在しないものは分かるが、実在しても入手不可能なものとは?」

「空に浮かぶ星、神のご尊体、人の寿命などでしょうか。他国の土地も買えるものなら買って献上したいところですが、問題が大きくなりそうなので避けたいところです」


「確かにそれらは入手不可能と言えるな。他国の土地はいずれ奪うことになるやも知れんが今は予定にないし、商人には入手困難であろう」


 うへー、つまり戦争するってことだよな。いずれなんて言ってるけど、予定にないとはいえ準備を進めていると考えておいた方がいいかも知れない。いや、俺のような得体の知れない相手に軍事機密を漏らすわけがないか。だとすると当面は安泰かな。


「それと人そのものもご容赦下さい」

「ふむ。人身の売買は我が国では禁止しておる。犯罪者が奴隷となることはあるが、全て国が管理しているしな」


「安心致しました」

「ならばあれはどうだ?」


 そこで背後の扉から入ってきたのは、俺が乗ってきた自転車を抱えた騎士団長だった。盗まれないように見ていてくれると言ったのはこのためだったらしい。


「自転車、ですか?」

「これはじてんしゃと申すのか」


「そのようなものでよろしければ構いませんが馬より走るのは遅く、人力ですから多くの荷を運べるわけでもございません。また疲れます」


「其方もここに着く頃には息が上がっていたそうだな」

「お恥ずかしい限りです」

「ならばこれを百、用意出来るか?」


「陛下はその百台をどうされるおつもりで?」

「機密だ」


「分解して武器として使おうとお考えではありませんか?」

「ほう。詳しく話してみよ」


 剣を抜こうとしたレイバン団長を手で制し、国王は薄笑いを浮かべた。


「スポーク、車輪の細い棒の部分のことですが暗器として使えるでしょう。チェーンは拷問などに適しているのではないでしょうか。その他の部品も使い途は私には想像出来ませんが、平和的な道具としては扱われないでしょうね」

「考えすら浮かばなかったぞ」


 このタヌキめ。


「ですがそれよりももっとよいものがございます」

「許す。申してみよ」

くらあぶみです」

「くらと……あぶみ?」


「鞍とは馬の背に置いて人を載せる道具のこと。鐙とは鞍の両わきにさげて足をかけるものです」

「よく分からんな」


「鞍は馬上で安定し、鐙があれば手綱から手を離して槍を両手で振るうことも可能です」

「騎士団なら元々そんなことくらい出来るぞ」


「ですが足で踏ん張ることは出来ませんよね? それにこれらがあれば乗馬の訓練も短時間で済むようになります」


 戦場で一度敵に見られれば簡単に複製されるだろうが、少なくとも一戦は大きなアドバンテージを得られる。騎士団が盗賊を相手にすることもあるのなら、その有用性は計り知れないだろう。


「想像出来んな。しかし其方の言う通りなら一考の価値は否めん。実物を用意出来るか?」

「すぐにでも。ですが一度社屋に取りに行かねばなりません」


半刻はんときほど待て。レミー、ついて参れ。レイバン、第一騎士団にの護衛を務めさせよ」


「ま、まさか陛下が御自ら?」

「あの建物を間近で見たい」

「ですが陛下……」


「申し訳ありません。来て頂いても建物の中には……」

「我が国にはある法があってな」


「法ですか? 犯す気はございませんが」

「其方はすでにその法を犯しておるのだ」

「はい? どのような法ですか!?」


「王都ファーガスではこの城より高い建造物の建築を認めんという法だ」

「そんな……で、でしたら社屋より高くなるように避雷針を設置しましょう!」


 確かこの城にも来るときに見た家々にも避雷針はなかった。雷など発生しないと言われればそれまでだが、あの自然現象は世界が違っても発生するに違いない。


「ひらいしん?」

「雷除けです」

「かみなりとはなんだ?」


「えっと、空がピカッと光ってゴロゴロ、ドーンってくるヤツですけど……」

「ピカゴロのことか!」


 ピカゴロ、ピカゴロね。まんまやん。


「あれが除けられるというのか!?」


「お城の一番高いところに槍のようなものを設置すればいいんです。その長さを調節すればうちの社屋より高くなりませんかね」

「うむ。それならば問題はない。すぐに槍を用意して物見塔の上に設置せよ」


「お、お待ち下さい、国王陛下!」

「なんだ?」


「槍はあくまで比喩です。私が申しましたのは槍のような形のもので、雷……ピカゴロの力を地面に逃がすために地中まで繋げなければならないんです」

「そのような長い槍などないぞ」


「いえ、避雷針から地中までは導線で伝えるのです。設計図と材質をお伝えしますので、職人さんなどに指示なさって下さい」

「そ、そうか。承知した」

「ありがとうございます」


「ところで、しゃおくには入れんと申すか?」

「商売上の機密が多いものですから」

「ふむ。ならば余一人ならどうだ?」


「なりませんぞ、陛下!」


「レミーは黙れ! 余はハルトシに聞いておる!」

「陛下お一人ですか……中でご覧になったこと、聞いたことを絶対に口外しないとお約束頂けるのでしたら」


 話を聞いていた洋平が、指向性スピーカーから陛下一人だけなら条件次第で問題ないと伝えてきた。その条件というのが他言無用である。


「よかろう。商売の邪魔をするつもりはないから安心せよ」

「ありがとうございます」


 その後一時間ほど待たされて、俺は社屋への帰路に就いた。もちろん自転車でである。


 陛下と宰相のレミーさんは馬車、騎士団は当然馬だ。負けた気にさせられたのは内緒にしておこう。

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