第三話
「あぶなっ!」
「いきなり矢を放ってきた時には驚いたが、会話を聞く限り今のところ敵意はなさそうだな」
ドローンから送られてくる映像と音声に、俺たち三人は胸をなで下ろした。どうやら矢を射ってきたのは先走った一人の騎士で、全体として戦意を持っているわけではなさそうだったからである。しかもその一人は叱責されて来た道を戻っていってしまったのだ。
株式会社
そのため全ての窓は屋内の至るところにあるボタン一つで瞬時に防壁が下りるようになっていた。防壁は厚さ三十センチのタングステン合金で出来ており、壁や屋上にも埋め込まれている。
「あ、別の団体も来るみたいですよ」
「騎士団とは違って装備も軽いな。徒歩だし」
「馬に乗って走ってくるのが二人。あとは……なんだかこの辺りを封鎖でもしようっていうんですかね」
「こっちに背を向けてるのはそういうことか」
「で、どうします? 大河内先輩」
「騎士団の目的がなんなのかだよな」
「あ、後から馬で来た人と団長さんが話してますね。ちょっとマイクの感度を上げてみましょう」
拾われた音声によると後から来たのは王都防衛隊という人たちで、思った通りこの辺り一帯を封鎖するのが目的とのことだった。そして騎士団の方は社屋ビルの偵察が受けた命令だったが、急遽そこに首謀者、つまり俺を城まで連れていく任務が加わったようだ。
「大河内先輩、いきなり王様に謁見ですか」
「
「よしてくれよ。首謀者って言ってる段階で向こうはこっちを友好的とは思ってないだろ」
「でもさっきの騎士は別として、いきなり攻撃を仕掛けてくるわけでもなさそうだし手荒な真似はするなって言ってたじゃないか」
「まあ、そうなんだけどな」
「先輩たち、ボク思ったんですけど」
「「うん?」」
「どうしてあの人たちの言葉が分かるんですかね?」
「言われてみれば確かに」
「不思議だよな」
「ま、異世界あるあるってことですね」
「悩んでも分からねえしな」
「二人ともそれでいいのかよ」
思わず呆れてしまったが、言葉が分かるのはありがたい。意思疎通が出来なければなにも始まらないからだ。
しかし
「そうは言っても向こうは首謀者って言ってるんだから遙敏が行くしかねえじゃん」
「
「お前ら……そういえばタッチパネルの方はどうだった?」
「とりあえず飲み物を取り寄せてみました。
「お、水じゃん! 他には?」
猛暁が早速キャップを開けてペットボトルの水を飲みながら言う。
「それ、明らかに日本の商品じゃないですか。買えるには買えるみたいなんですけど、対価がなにか分からないんですよ」
「もしかして洋平の寿命とか?」
「関先輩、怖いこと言わないで下さい!」
「洋平、この画面の右下にある数字、十一桁だけど増えていってるのはなぜだ?」
「あれ、本当ですね。うーん、もしかしてこれ……」
「なんだ?」
「会社の資産じゃないですか?」
もし金額を示しているのだとおよそ三百五十億円にもなる。正確な計算はこれからだったが、俺が知っている限りだとゴッドハンドの技術提供などで得ていた収入に近い。今も増え続けているのはクライアントが技術を利用しているのだとすると辻褄も合う。
「なるほど、技術使用料か!」
「なら使っても問題ないですね」
「洋平、グロック19とシグ・サゥアーP365を二丁取り寄せられるか?」
「拳銃ですね。防弾チョッキはどうします?」
「出来れば頼む」
「なあ
「敵か味方か、あとは目的ってところかな」
「商人とかどうです? 異世界あるあるならボクたちが取り寄せる物って高く売れるんじゃないかと思うんですよ」
「それはそうだがオーバーテクノロジーは遅かれ早かれ国を滅ぼしかねないから慎重にいかないとな」
今まで苦労してやってきたことが簡単に出来るようになれば人々は職を失う。職を失って貧しくなれば病気が蔓延する。結果、国は弱体化し他国から攻め込まれるか自滅するしかなくなるというわけだ。
「とはいえこの土地は王様の国の土地だし、なるべく穏便に土地を分けてもらいたいよな」
「代わりに何かを献上する、とかですか?」
「相手は王様だし、それが手っ取り早いか」
「ではなにを?」
「欲しいものを聞いてくるよ。あ、その場で転送させてもいいか」
「ちょっと早いんじゃないですかね。そんなことが出来るって知られたら奪おうとしてくるかも知れませんよ」
「確かにそうか。奪わせないけどな」
さて、なにを欲しがるだろうか。賢王なら国や民のために役立つもの。愚王なら私利私欲を満たすためのものを要求してくるだろう。賢王であることを願うばかりだが、実際に会って話してみないとなんともいえないところだ。
防弾チョッキを着こみ、拳銃と予備のマガジンをポケットにしまったところで騎士団が到着した。
「我はラビレイ王国第一騎士団団長、レイバン・ウォールである! 誰かいるか!? いるなら責任者と話がしたい!」
全ての窓にはすでに防壁が下ろされていたので、入り口だけ解除して俺は外に出た。
「貴公がこの建物の責任者か?」
「お初にお目にかかります。ハルトシ・オオゴウチと申します」
名乗りは欧米風に苗字と名前を逆にした。多くの異世界モノでもスタンダードだからである。
「うむ。聞き慣れぬ響きだがハルトシが名、オオゴウチが家名で相違ないか?」
「相違ありません」
「我が主、ラビレイ王国国王シミオン・ファーガス・ラビレイ陛下が貴殿との会談を望まれておいでだ。お受け願えるか?」
「構いません。ただ……」
「ただ?」
「あのお城まで行くんですよね?」
「そうだが?」
「歩いて、ですか?」
「悪いが貴公に貸せる馬はない。しかし
馬があっても俺には乗馬経験なんてないし、彼らは
そこで俺はバイクに乗ることを思いついた。車は目的地までの道幅が分からないし、そんなものを見せつけて寄こせと迫られても困る。しかしバイクなら特殊な馬と誤魔化せるのではないだろうか。
「誤魔化せるわけがないじゃないですか!」
騎士団長に断りを入れて社屋のロビーに戻り、洋平にバイクを取り寄せてくれと頼んだら拒否された。
「でも確かに現代人のボクらに一時間の徒歩はキツいですよね」
「分かってくれるか、後輩!」
「なのでギリギリの妥協案として、これで我慢して下さい」
「は?」
「ドイツで千八百年代初頭に発明されたのが起源と言われてます」
「ちゃ、チャリンコ……」
洋平が取り寄せたのは自転車、しかもよりによってママチャリと呼ばれる種類のものだったのである。
「当時はドライジーネと呼ばれ足蹴りでした。それよりはペダルを漕げばいいんですから楽ですよ」
「いや、しかし……」
「このチェーンだってオーバーテクノロジーなんですから我慢して下さい。ちなみに献上は絶対にダメです」
「だったらせめて電動アシストチャリを……」
「ダメに決まってます。まだこの自転車なら盗まれても 同様の材料を加工出来るようになるまで数年から十年以上はかかるでしょう。
ゴムがなければもっとかかるはずです。ですが電動アシスト自転車の場合は完全にオーバーテクノロジーです。バッテリーは充電すら出来ないでしょう。どうなると思います?」
「ここが……攻められる可能性が高くなる……」
「技術供与を求められるかも知れません。しかもかなり威圧的にです」
そう言われては仕方がない。俺は渋々ママチャリで行くことにした。
「それが……貴公の馬か……?」
「馬、なんでしょうか。生き物ではありませんので」
「ふむ。一人乗りの馬車を自力で動かすわけだな」
「まあそんな感じです。なのであまり速くは走れません。人が歩く四倍から五倍程度の速度は出せますが、ずっとそれだと私がへばります」
「
「その程度なら問題ありません」
速歩とは馬の歩法のことで時速約十三キロだそうだ。襟元につけたピンマイクで拾った音声から、肩に取り付けられた指向性スピーカーを通じて洋平が教えてくれた。ピンマイクはボタンにしか見えず、スピーカーの音声は俺にしか聞こえない。これも洋平が開発したスグレモノである。
それからすぐに四方を騎士に囲まれ、俺はチャリンコを漕いで王城へと向かうのだった。
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