逃避が好きな蒼井に優等生の私は、共依存まで引きずられダメになる

@handazuke

逃避1 啄木鳥筒木は屋上に逃げる

 学校は憂鬱だ


 友達も勉強も充実していたら、楽しい学校生活になるという幻想は高校2年生の5月の時点でとうに粉々に砕け散っていた。


 まだ褒められ慣れていなかった中学生のときの私からしたら信じられないことかも知れないが、言葉というものは案外、自分の名前のように馴染んでしまったら抵抗がなくなるものだった。

 というか、抵抗がなくなるどころか私と縁を作ろうとする下心のようなものが透けて見えて嫌になって来るほどだ。


 それでも私は"優等生"である自分を辞めることはできない。


  プライド、親からの期待、周囲の目、etc…


 理由は様々だが、一番は社会というグループから逸脱したくないから。グループにはそれぞれルールがあり、それを守らないものは排斥されてしまう。私は自然の摂理でもあるそれをひどく恐れている。

 だから、家に帰ったら学校の復習をし、流行りのドラマを見て流行に遅れないようにする。そんな普通の女子高生の生活を私は演じている。


「啄木鳥さん!勉強教えてくれない?」

 

 私の髪に馴れ馴れしく触れて机にすり寄ってくるこの人は三木さん。

 その横には三木さんと同じグループの人たちが立っていて、私の机の周りを囲む。


 もちろん、 決して嫌な表情など出さずに満面の笑みで対応する。この人たちはクラスでもかなり人気者のほう。露骨に嫌な態度をして嫌われるのは避けなければならない。

 かなり前に、この人たちのグループと別の人達が恋愛沙汰かなんかで揉めていた。そんなことに巻き込まれたくない私は彼女たちと一定の距離を保つ。


 授業前のこの時間は憂鬱だ。授業さえ始まってしまえば、考えることは勉強だけだから楽なのに…

 そんなことを考えていると、廊下から私を呼ぶ声がして、それが思考をかき消した。


「啄木鳥さんいる〜?」


 私の存在に気づいた"ソイツ"は満天の笑顔で手を振ってくる。外向けの明るい声で返事をした私は"ソイツ"のいるドア付近へと足を運ぶ。


「つつきー今日はサボろー」

「サボりません。ってか2人きり以外の場所で

 は、下の名前呼ばないでって言ってる

 でしょ!」


 まわりに聞かれないように少し小声で喋る私に対して、そんなこと気にもとめずに大声で喋る人。

 "ソイツ"というのは、まさに目の前に立っている金髪でピアスをつけた蒼井柚葉のことであり、私のストレスの原因、黒幕、ラスボス。


 あの日を境に私を気に入ったのかこうやってクラスにまで押しかけてくる。しかし、彼女以外にこんなフレンドリーに話しかけてくる人間はいないので、邪険に扱えずにいて困っている。


「もうすぐ授業はじまるから帰って」

「やーだね。筒木が頷くまでかえらないから。 大体、c組の次の授業って筒木の嫌いな数学でしょ?」


  胸がギクリとする。数学が嫌いなことも誰にも言っていない秘密の1つだ。


「それでも行かないっていうんだったら…」

「わかった!1時間だけね…」

「ありがと。優等生ちゃん。」


 そうニコッと笑って言うと蒼井は取り出そうとしていたスマホをポッケにしまった。

 彼女は私の弱みを握っている。あんな動画、撮られていなかったら…はぁ


 また憂鬱になりかけたことを誤魔化すために質問する。


「それで?今日はどこに逃げるの?」

「今日は屋上にいこ。誰も来ないだろうしね」

「屋上?開いてるの?」

「わかんない」


 相変わらずの計画性の無さにため息が出る。でも、もし屋上が空いてるんだったら悪くない。前いったゲーセンよりマシだと思う。


「とりあえず行ってみよ。空いてなかったら別の場所にすればいいし。」

「やっぱやめようかな…もし先生に見つかったらやばいし」

「そんときはあたしが庇うから大丈夫だって。それに筒木も疲れてる顔してるよ?休みは大切だよ!」


 屋上に向かいながら蒼井は私の頬を触る。

 彼女の私を理解したような態度はイラつく。頬の手をどけて彼女よりはやく足を進める。


 屋上の扉の前に立つ。少し古びた鉄製の扉のドアノブには埃がかかっていて、ドアノブを握ると今にも外れそうな鈍い音がする。

 扉を開けるとそこそこ綺麗な景色が目に飛び込んできた。

 天気もいいし、屋上に来て正解だったと思いかける自分の思考を散らす。


 だめだ、だめだ。私は優等生。蒼井なんかに流されたらだめなんだ…


 後から入ってきた蒼井が大きな声で感動を口にする。


「へぇ〜なかなか綺麗じゃん!サボりがいがあるってもんだね!」

「蒼井うるさい。」

「こんなときでも真面目だねぇ優等生ちゃんは」

「その優等生ちゃんってのやめてよ。名前呼ばれるより腹立つ。」


 適当な場所に座りながら蒼井の太ももを叩く。


「それにしても啄木鳥筒木なんて面白い名前だよね。」


 にやにやしながら私を見つめて言うので、目を逸らした。


「急に何?」

「いやー上から読んでも下から読んでもキツツキツツキなんて面白いなぁって」

「……変?」

「ううん、かわいい名前だとおもうよ」


 彼女のかわいいには私は弱い。他のクラスメイトが言う言葉には慣れてしまったのに、蒼井の言葉だけは直で私の胸に届いてくる。

 私は頬が紅くなってないか心配になり、その場で立ち上がった。


「どうしたの?」

「景色を見ようと、外、綺麗だし」

「筒木ったらロマンチスト〜」

「うるさい」


 外の風景に映るのは住宅街や雑居ビルだけだ。でも、あまり高くない建物のほうが俯瞰している感じがして心地よい。日々の疲れが吹く風とともに流されるような気持ちになる。


「筒木。ここ、使っていーよ」


 胡座をかいた蒼井が自分の太ももをポンポンと叩く。


「なに?膝枕してくれるってこと?」

「そうだよ」

「いらない」

「使ってよ。筒木、三木さん達と喋ってて疲れた顔してた」

「嘘…顔に出てた?」


 上手く演じられてなかったかもしれない事で心に不安が積もる。


「大丈夫。それが分かったのは筒木を知ってる私だけ。でもさ、頑張ってばっかりじゃ疲れるじゃん?ほら、おいで」


 流されるままに蒼井の膝の上に頭を載せてしまう。風でなびいた彼女の髪から甘いシトラスの匂いがする。彼女の制服からの柔軟剤の香りや、温かい体温のせいで胸が幸せでいっぱいになる。


「筒木はがんばってるよ。十分。でも、この時間だけは逃げていいんだからね」


 蒼井は私の頭をゆっくりと撫でている。また分かったような事を言う彼女を少し睨む。


「仮に私はいいとしても、蒼井は授業出なよ。 成績、大丈夫なの?」

「私はいいもーん。筒木に勉強教えてもらうし」

「私、教えるなんて言ってない。」

「じゃあ教えてよ優等生ちゃん。」


 頭を使って太ももに頭突きを喰わせる


「いたた…筒木ってたまに加減考えないよね」

「いまのは蒼井が悪い」


 ジト目で私を見つめた後、何かを思い出したかのように言った。


「…そういえば、あの質問は考えてくれてる?」

「あの質問ってどの質問?」

「分かってるでしょ〜」


 胸の鼓動が激しくなる。忘れるわけがない、あの日にされた質問だ。私たちの関係が始まったあの日のことだ。


「…動画、消してくれたら答えてあげる」

「じゃあいいよー、まぁそんな事しなくても…」


 途切れたあとの言葉を誤魔化すかのように蒼井は私の額にキスをしてきた。


「っ…蒼井!」

「ごめんって、これは私の逃避に付き合ってくれたお礼。」

「お礼になってる?」

「なってるよ。私にとって」


 また適当なことを言う彼女に呆れていると学校全体からチャイムが鳴り始めた。授業の終わりの合図が私たちの逃避の終了の合図でもあるという事実にまた憂鬱になった。


「はぁ…」

「筒木、今日は学校終わるまでここにいない?」

「え?」

「もう少し休もうよ。大丈夫、筒木がもういいって言うまで一緒にいてあげる」

「わかった…」


 今日も私は蒼井に流される。これが良くない関係だってことは分かっている。でも、学校や家よりは心地いいのは確かだ。


 だから、今日も私と蒼井は逃避する。

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