中編
(前編からの続きです)
それではどうしたらいいのか。
実はもう一つ方法があります。それは、何もせずにそのままにしておくというもの。
もちろん、誤解されたままで困ることは正さなければならないでしょうけれど、特に問題ない(というと
私はこの選択をするとき、解剖学者の養老孟子先生の話を思い出します。次の内容が特に分かりやすいと思うので、引用させてもらいました。
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人のことをわかりたいというのは、裏を返せば自分のことがわからないということです。わかるわけがありません。自分は変わるからです。いや、自分だけじゃなく相手も変わる。自分のことさえわからないのだから、他人のことがわからないのは当たり前です。
だったら他人だって、あなたのことがわかるはずがありません。それなのに、「あの人は私をわかっていない」「私を誤解している」などと人は言います。「わかってない」「誤解している」というのは、誤解ではない「正解」があるという前提に立っているからです。人は変わるのだから、正解なんてあると思わないほうがいい。大事なのはその誤解をどう受け入れるかです。はっきり言うと、誤解は誤解のままで、気づくまで放っておくしかない。
励ますつもりで言ったのに、嫌味に取られる。言った、言わないでしょちゅうケンカしている夫婦もいる。そういう誤解を解こうと思って説明してみても、たいていの場合、徒労に終わります。(『ものがわかるということ』より引用)
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養老先生は、「人は変わるものだ」「だから分かるわけがない」とおっしゃいます。
日々生活していくなかで自分はもちろん、相手も当然変わる。この「変わる」というのは何も全く別人になったというわけではなくて、昨日と今日の自分は違うと言うことを意味しています。(別に「昨日」と「今日」と区切らなくてもいいのですが、分かりやすいのでそのように記しています)
例えば、私たちの体は日々変わっています。髪も伸びていますよね。筋肉が付いた、減ったというのも変化です。
勉強をしていて昨日まで分からなかった数学の代数が、今日になって分かったら、それは自分が変わったということになります。
また、幼いときに好きだったものも、大人になったら特にそういう感情を抱かなくなるかもしれません。逆に、大人になって好きでも、そのときと今とでは違う「好き」になっていることもあるでしょう。
そういう日々の小さな変化のことを「自分は変わる」ということを養老先生はおっしゃっています。(私の解釈が間違っていなければ)
そして変わるのは自分だけではなく、相手も変わります。ですから、相手のことが分かるわけがないというわけですね。
ここでの「分からない」というのは全く理解されないということよりも、お互いの捉え方が違っているために、すれ違いが起こるというふうに私は捉えています。
前編の中で私は「適当」について述べましたね。
仮に「適当」の意味を「まともに取り組まない」という意味しか知らなかった人が、「ちょうどいいようす」という意味を知るようになったとき、相手とのやり取りにどういう変化が生まれるのかを考えてみましょう。
これまでは「まともに取り組まない」とだけ思ってやっていればよかったのが、選択肢が増えて「どっちだろう?」と思うようになるかもしれません。そう思ったら聞いたほうがいいと思って、「適当」という言葉を使った相手に聞くこともあるでしょう。すると相手は「『ちょうどいいようす』という意味で使ったよ」と教えてくれる場合もあれば、「適当は、適当だよ」とか、「『まともに取り組まない』って意味だよ。それくらい察しろよ」と言われることもあるかもしれません。
要するに「前提」が違うために、言葉のすれ違いが起きたり、問題が生じることがあるということです。
「前提が違う」ことを分かり合おうとするには、相手にも言葉の意味とか、お互いの考え方に違いがあることを知っていなければなりません。
しかしその「前提が違う」という説明を聞いて受け入れてくれるか分かりませんし、理解されるかも分かりません。そもそも聞いてくれることすらしてくれないかもしれないわけです。
ですから「たいていの場合、徒労に終わる」と養老先生は書いたのだろうと思います。そして私もそう思っている部分があります。
ということで前編の冒頭の話に戻りますが、これも特に問題がないので訂正しませんでした。
でもですね、これを書いていて思ったんです。
元々佐藤さんが「筋肉が付きにくい」と「筋肉が付かない」ということを同じことだと思っていたら、佐藤さんにとっては私が誤解しているほうになるんだろうなと。
というのも、佐藤さんは「筋肉が付かない人なんていないですよ!」と言ったあとに、「筋肉が少しでも付くのと、何もしないで付かないのとでは全然違うんだから」と言ったのです。つまり佐藤さんから見たら私は「『筋肉は付かないことがある』と思っている人」と認識されているのだろうと思います。
佐藤さんは「筋肉が付きにくい」と言った私の発言を、「筋肉が付かない」と捉えました。本来「筋肉が付きにくい」は「筋肉が少しでも付くこと」と同じ分類に入りそうですが、彼女はそう捉えていないということが分かります。
言葉の意味からすれば、「筋肉が付きにくい」ですから私の解釈であっているはずです。しかし、それぞれ持っている言葉の感覚も違いますし、どういう言葉の使い方をする世界に入り込んでいるかによっても変わってきますから、佐藤さんのような考え方をしている人もきっといると思います。
いえ、それ以前に佐藤さんが話している途中で私の「筋肉が付きにくい」という本来の意味に気づいて、「筋肉が少しでも付くのと、何もしないで付かないとでは全然違うんだから」と、励ましたのかもしれません。
さあ、ややこしくなってきましたね。
(後編に続きます)
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