言葉は上手く伝わらない

彩霞

前編

 最近、医療従事者の方(以下、仮に佐藤さんとします)と「運動」と「筋肉」について話すことがありました。


 私が、「運度は、走り方や筋トレの方法が載った参考書を見ながらしているんです」と言うと、佐藤さんは「そうなの? でも筋トレって自分でやると怪我しやすいからね。自己流でしないほうがいいですよ」と言いました。


 それに対し私は「参考書を見ながらでも、無理にする人もいるだろうからこのように答えたのだな」と思ったので、とりあえず「ふむふむ」とうなずきながらも聞き流しました。


 しかし次に私が、「筋肉が付きにくいんですよね」と言ったら、佐藤さんに「筋肉が付かない人なんていないですよ!」と言われました。

 私は「付きにくい」と言っただけで、「付かない」とは言っていません。でも佐藤さんは「付かない」と言いました。聞き間違えたのかどうなのかは分かりませんが、伝わっていないのです。


 言葉によるやり取りが上手くいかないのを経験したり、傍で見たりしたとき、私は『三省堂国語辞典』の辞書の編纂者へんさんしゃをされている、飯間浩明氏の次のような話を思い出します。


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 ことばって、伝わらないですよね。こう言うと、多くの人は同意してくれます。

「本当にそうですね。ことばって、伝わらないこともありますよね」

 ほら、もうすでに伝わっていません。私は「ことばって、伝わらないですよね」と言ったのです。でも、「伝わらないこともありますよね」と返されました。私は全否定の表現をしましたが、聞き手は部分否定と受け取ったようです。

(『つまづきやすい日本語』より引用)

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 こんなふうに書いてあります。

 もちろん、返答した方が飯間氏の言葉をちゃんと受け取っていたとしても、「『ことばが伝わらない』とまでは思っていない」と考えていたために、あえてこのような返答をしたということもあるかもしれません。しかし、そうだとしたなら、今度は返答した方の内容が言葉足らずになっていることになります。(あえてぼやかしたいい方をすることもありますが、ここでは取り扱いませんのでちょっと脇に置いておいてくださいませ)


 どちらにせよ辞書の編纂者である飯間氏でさえ、こんなふうに伝わらないと思うことがあるのですから、私なんてなおのこと伝わらないことがあって当たり前だなと思います。


 言葉は色々表現するものとしても使われますが、相手と意思疎通をするために使う道具としても用いられます。ですから、上手く伝わるように考えなければいけません。


 しかし、それが難しい。


 言葉には二つの意味が含まれているときがありますね。

 例えば「適当」。これは「ちょうどいいようす」というプラスの意味と、「まともに取り組まないで、無責任」というマイナスの意味として使われます。


「適当」の中に二つの意味があることを知っている方は案外多いかもしれませんが、仮にあなたと会話をしている相手が「適当」にマイナスの意味しかないと思っていたらどうでしょう?

 自分がプラスの意味として使ったとしても、相手にはマイナスの意味として捉えられてしまいますよね。


 ですから、言葉を使うときは相手がそれを知っているかどうかも考えながら、誤解されやすいものは気を付けて使ったり、前後の言葉で意味が推測できるような工夫をしたりしないといけないのです。


 しかし、それでも誤解されることがあります。


 上記の引用で取り上げた辞書編纂者の飯間氏は、学生に言葉を教えることもあるようです。ですから、「間違えて教えたことが、口伝えに間違って伝わってしまったら大変だ」と思って、誤解されないようにすごく気を付けているとのことでした。


 それも一つの手だと思います。


 ですが捉え方は人それぞれ、十人十色。つまりいくら誤らないように気を付けたとしても、受け手の言葉の捉え方によって伝わらないこともあるということです。


(中編に続きます)

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