永訣の冬

藍治 ゆき

永訣の冬

「本当に、死んでしまうのか」


「だって、お医者様がそう言うんだもの」


 静は、ほろり、と涙を零した。横になっている静の枕に、涙のしみが広がっていく。


「兄様を残して逝ってしまうけれど、どうか怒らないでね」


「孤独には慣れている」


「そんなこと言ったって、ねえ」


 静は微笑んで俺の手を、ぎゅっと握った。温かい手だ。


 俺たちは二人で生きてきた。親の顔は覚えていない。この山奥で、ひっそり暮らしてきた。


 どう生き延びてきたかというと、山を通る者を襲っては食べ物を奪い、生きてきた。最近は妹の静の医療費のため、金も奪うようになった。


俺たちは二人で一つだった。静を失うかもしれないというのに、全く実感が湧かない。だって、静はまだ生きている。


静は微笑みながら、泣いている。


可哀想だから、静の好きなものの話をしようと思った。


「また、桜を見に行こう。静、桜が好きだろう」


「もう、見られないよ。まだ冬だよ」


 すると、静は川が氾濫した時のように、大粒の涙を流し始めた。


「気に障ったか」


「いいえ、違うの」


 また静は微笑んだ。泣いたり笑ったり、忙しい奴だ。


「兄様、眠いんでしょう」


 もう外は真っ暗になっていた。医者が帰ってから、俺はずっと静のそばにいた。


「うん、眠い」


「少し、眠ったら?」


「じゃあ、そうする」


 俺は静の手を握ったまま、横になった。


「兄様、布団を持ってこないと風邪をひきますよ」


「俺は風邪などひいたことがない」


 これは事実だった。


「ねえ、兄様」


「なんだ」


 瞼が少し重くなって、視界がどんどん狭くなっていく。


「私のこと、忘れないでね」


「忘れるものか。いつの記憶にも、お前がいる」


「きっと、また会えるよね?」


「不思議なことを聞くなあ、静は」


 静はまだ泣いていた。


「静も、もう寝ろよ」


「うん」


 静は目を閉じた。俺も目を閉じた。明日は静とどんな話をしようか。静は柿が好きだ。でも今は冬だから食べさせてやれない。約一年待たなければならない。そう考えていると、俺は眠りに落ちた。





目が覚めた。隣には静がいる。


「なあ、静。起きろよ」


 静を揺さぶってみるも、反応がない。


「静、静」


 まさか。いや、静は眠っているだけだ。


 俺は飛び起きて医者を呼びに行った。


「ご愁傷様です」


 医者はそう言うと、そそくさと家を出て行った。 


 静が死んだ?


 今にも起き上がってきそうな、死に顔だった。


 俺は、初めて胸が締め付けられるような痛みを感じた。


「これが、孤独なのか?なあ、静」


 家は静まり返っていた。

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永訣の冬 藍治 ゆき @yuki_aiji

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