第15話 魔女の弟子、本気出す

 翌朝。


 俺とユーリちゃんとエリザさんはガレスウッドの西側、比較的見晴らしのいい、開けた場所に足を運んでいた。


水球撃ウォーターボール!」

「ほぉ。なかなか筋がいいじゃないか。さすがはヘルメイス家のご令嬢」

「いえ。エリザさんの教え方がうまいだけですよ」

「うれしいこと言ってくれるね」


 邂逅かいこう時の軋轢あつれきがまるでなかったかのように、ユーリちゃんとエリザさんが楽しげに魔術の修行に勤しんでいる。


 ユーリちゃんの魔術師としての才能は本物だったようだ。修行を開始してすぐに、エリザさんが水魔法のコツを少し教えただけで、彼女はいとも簡単にそれを操れるようになっていた。


 木の枝に括りつけられていた標的の的が綺麗に吹っ飛んだ瞬間だけは、俺もチラッと見えていた。


「ねぇ、ビエルさん!今の見ました?私、凄くないですか?」

「すごーい」

「……絶対バカにしてますよね?」

「いや、本当に。俺も昔ばぁちゃんのところでアレやったことあるけど、いきなり的に当てるとかできなかったよ」

「そうなんですか?なんかそれ聞くとちょっと自信になります!」


 いやまぁ、俺の場合は水圧が強すぎて的じゃなくて樹木を根こそぎなぎ倒しちゃったからね。それを言うのは恥ずかしいからナイショにしておこう。


「魔術も経験が大事だからな。いくら知識を蓄えても感覚を身につけなければ操る事はできない」

「この調子なら魔術学院の実技試験もなんとかなりそうです!」

「調子に乗るな。あの試験はそこまで甘くない。これから毎日、朝はみっちり魔術の修行をするからそのつもりでいろよ」

「望むところです!お願いします、師匠!」


 エリザさんも案外教えるの好きなのかな。心なしか楽しんでいるようにも見える。仲良くやってくれるなら俺としても願ったり叶ったりだ。


 彼女たちのことはもうほっといていいだろう。俺は俺の興味を満たそうと思う。

 えーっと、今何ページ目読んでたっけな。


「おいビエル。いいかげん本を読むのは止めろ。そろそろお前の実力が見たいから準備しろ」

「……へぇ、ふーん。あ、なるほど!そういうことか!」

「あ、なるほど!じゃねぇぇぇぇ!!人の話を聞けぇぇぇぇ!!」


 ん?うるさいな。そっちの事はチラチラ見てるんだから別にいいだろ?今いいところ読んでるんだから話しかけないでよ。


「しかもおまえ、休めと言ったのに昨日寝てないだろ?燃やすぞ、ソレ」

「いや、それは困る。なに?エリザさん」

「聞こえてるじゃないか!お前の番だって言ってるだろ!早く本をそこに置いてこっちに来い!」


 もう俺のことはほっといていいよ。ユーリちゃんの相手してあげてよ。実力なんか知ってもいいことないよ?俺なんて全然大したことないし。


「はぁ……」

「ため息ついただろ、今」


 そんな細かい事でいちいち反応しないでくれよ。母親かよ。


「ただの深呼吸だって。よっと」


 座っていた状態から態勢を起こし、エリザさんの前に対峙する俺。まったく気乗りしないが、しょうがない。さっさと終わらせてまた続きを読むことにしよう。


「ユーリ、お前はあそこの木の陰まで下がっていろ」

「えっ?あんな遠くに?」


 エリザさんが指さした木の下は、俺たちが今いる位置からかなり離れていた。


「ユーリももうわかっていると思うが、コイツはとんでもなく強い。私も本気でやらねば実力を計れない」

「近くだと危険ということですか?」

「そういうことだ。だがしっかり見ていろよ。それも修行だ」

「は、はい」


 そそくさとその場を離れ、指定の位置まで下がるユーリちゃん。俺がとんでもなく強いってのは語弊があると思うのだが、そうしておいたほうが身のためではあるかもしれない。っていうか、エリザさん。本気出すの?そういうのはリベリアばあちゃんだけで勘弁してほしいんだけど。


「お、お手柔らかに……!?」


 エリザさんの表情が一変した。同時に、彼女を中心にとんでもない濃度の魔力波動が発生。空気が震え、場の重力さえもコントロールされているような不思議な感覚を覚えた。


「魔力を高めろ、ビエル。その状態で私と戦えば、死ぬぞ」


 威圧感も半端ない。さっきまでの優しかったエリザさんの面影はもうない。眼前で殺意をむき出しにしているこの魔女は紛れもなく、リゼリアばあちゃんの愛弟子、魔術師エリザだ。


「リゼリアばあちゃんより圧が凄い!」

「あの耄碌もうろくばばあと一緒にするな。私はまだ若い」

「そこはちょっと異議があるけど……」

「命が惜しくないようだな、ビエル」


 さらに魔力量が上がった!?

 年齢系のツッコミはタブーらしい。


「いくぞ」

「うわーすげー」


 突っ込んでくるか強烈な魔術を放ってくるのかと思いきや、エリザさんは自身の周囲に虹色の防御結界を展開していた。初めて見るタイプの術式だった。


「錬金術と魔術を組み合わせた、私特製、オリジナルブレンドの高位結界術だ!この手の術式は見たことがないだろう?私の戦い方は後の先!防御を固めてカウンターでお前を攻略する!さぁ、手を出してみるがいい!その瞬間、お前の身体は私の驚異的な闇魔術に覆われて……」



 テクテクテクテク……

 おりゃ



 バッリーーン!!



「……え?」


 話しが長いよ。

 色々説明してくれるのはありがたかったけど、そういうのいらないから。

 

 見れば大体わかるし。まぁ確かに、複雑そうな術式組んでたから乖離の法でスマートに分解するのは難儀そうだった。なので脳筋パンチ一発で粉砕しちゃったけど、まずかった?

 

 あ、もちろん拳に軽く魔力は乗せてましたよ。さすがに筋肉だけで突破できるほど容易な結界ではなかったしね。


「はあああああ????ビエル!お前今、どうやって私の最強結界を……」

「まったまたぁ。今のが最強って、エリザさんも冗談きついなぁ。どうやってって、ただ軽く魔力パンチしただけだよ」

「そ、そんなワケないだろぉぉぉぉぉ!!!」


 前から思ってたけど、エリザさんってリアクションがかなり若いよね。あんまり無理して激しい反応ばかりしてると、痛い大人だって思われちゃうよ?

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