第14話 有名な錬金術師

 俺たちの初クエストはFランクの鉱石採取だった。


 ユーリちゃんの道案内で、依頼物が取れるとされる、ガレスウッド北にある岩場を目指して俺は走った。受付のおねぇさんが一日がかりとか言うから、自分で考えているよりはるかに遠い場所にあるのかと思ったら、拍子抜けするくらい近かった。


 ツルハシを持っていけと言われたが必要なかったんで持たずに目的地まで来た。俺はピンポイント爆撃の魔術で適当に鉱物を粉砕し、依頼の30倍に当たるくらいの量を日が暮れる前に持って帰った。


 ギルドのみんなは持ってきた鉱石の量と、帰ってくるまでのスピードがあまりにも早すぎるとか言って、唖然としていた。俺としては、ユーリちゃんをおぶってたのと、鉱石をいっぱい抱えて走ったので、さすがに時間かかりすぎたなって思ってた。


 そんなこんなで、似たようなクエストをあと2つこなして、俺たちはエリザさんが待つ工房へと帰った。ユーリちゃんは3回目のクエストの途中で気絶したので、俺はそのままおぶって帰宅した。やっぱり疲れていたのだろう。最後まで付き合わせちゃって悪かったと思っている。ゴメンね、ユーリちゃん!


「ただいま!あ、なんかいい匂い!」

「お、いい時間に帰って来たなビエル。その様子だと無事ギルドには入れたようだな。ちょうど夕飯の支度がもうすぐ出来る。焼肉だけだと味気ないのでな。いくつか適当に作っておいたぞ。」


 下着姿ではないが、肌の露出が多いエプロン姿のエリザさんが食事の支度をしている。香辛料のスパイシーな香りが鼻孔をくすぐり、空腹感を刺激する。


「あーお腹空いたぁ!あっそうだ、エリザさん!クエスト3つこなしたら即金で報酬もらえたんで、生活費先に渡しておきますね!」


 俺は懐から報酬の入った布袋を取り出し、ジャラジャラと揺らして見せた。


「いや、それはあとでいい。ん?今なんて言った?」

「えっ?クエスト3つクリアしたらギルドがお金くれたんですよ!」


 あれ。もしかして少なすぎる?

 クエストでは依頼の条件より気持ち多めに目的物を持って帰るよう心掛けていたら、ギルドは報酬を多めに出してくれた。これなら3日分の生活費くらいはあるかなって勝手に予測してたけど、違った?


「ちょっと意味不明だが、今は食事の準備で手が離せない。金を数えるのも面倒だから、その話は食事が終わってから聞かせてもらうことにしよう」

「ふわぁ……なんか美味しそうな匂い……って、あれ?ここどこ??」

「エリザさんのお家だよ、ユーリちゃん!」


 ユーリちゃんがようやっと意識を取り戻したようだ。お腹空いてたのかな?このスパイスの香りは本当に、空腹中枢を色めかせる。


「なにを呑気に寝ているんだ、ユーリ。とっとと準備を手伝え」

「あ、はい!すいません、師匠!」


 エリザさんの指令が下り、俺の背をサッと降りてキビキビ動き出すユーリちゃん。割と長い間寝てたから、もう元気取り戻せたのかな。


「あ、俺も手伝います」

「助かるよ、ビエル」


 早くエリザさんの料理とエルドラゴンの焼肉が食べたい。みんなで準備すれば、すぐご飯にありつけるもんね。


「よし、炭火の準備もこれでいいだろう。ビエル、ユーリ。グラスを持て」


 俺とユーリちゃんはミルク、エリザさんはビール?の入った木のグラスを各々、少し高めに正面へ掲げる。この姿勢で行う行事に、俺はひとつしか心当たりがない。


「ようこそ、私の工房へ!二人の門出を心から歓迎する!それでは、乾杯!」

『かんぱーい!』


 エリザさんはなんだかんだ、俺たちが来て、本当は嬉しかったのかもしれない。



◇◇ ◆ ◇◇

 


「……新鮮な割にはイマイチだったな」

「別にマズくはなかったですけど、なんて言うか……人工的な味がしましたね」


 俺たちの歓迎焼肉パーティを終え、片付けもひとしきり終えたエリザさん家の食卓。食後のティータイムで、肉に対する感想会が粛々と行われていた。


 エリザさんやユーリちゃんの感想は非常に的を射ていた。俺も同じ感想だった。一言で言うなら、あの肉はエルドラゴンっぽい味だった。


「エンドフォレストで食べてた時はもっと美味しかったんだけどなぁ」


 同じ種類の肉でも産地によって味が違うのはよくある話か。それによく考えたら知能タイプのドラゴンを食べたのは俺も初めてだったし。まぁこれも経験だな。1つ勉強になりました。


「あ、エリザさん!明日って忙しいですか?」

「それは皮肉か?私は年中暇だ」


 ユーリちゃんのその質問を皮肉と捉えるのは、結構ひねくれた思考だと思う。あ、肉食った後だからそう答えたのかな?うまい!いや、美味くはなかったか。


「本当ですか!?もしよければ、明日からさっそく魔術の修行を……」


 ユーリちゃんは喜々として真に受けている。

 この二人の会話は見ていて飽きない。


「かまわんよ。と言うより、元々そのつもりだったからな。だから紅茶を飲んだらとっとと風呂に入って眠るといい。明日は朝一からみっちりやるよ」

「頑張ってね!ユーリちゃん!」

「いやお前もだ、ビエル」

「え?俺も??俺は別に魔術の修行はしなくていいよ」


 朝は筋肉のルーティンがあるから、魔術の鍛錬はしたくない。


「一度私に直接、おまえの実力を見せてほしいんだ。リゼリアのばばあに鍛えられているから強いのはわかっているが、自分の目で色々確かめたいんだ。納得すれば、あとはお前の自由にやればいい。どうだ?」


 あ、修行じゃなくて実力を知りたいってことね。なにするのか知らないけど、ルーティンの合間なら別にいいか。


「わかりました。それはそうと、エリザさんはなんで魔術師なのに錬金術師のお店をやってるんですか?魔術師なら、ほかにもっと稼ぎ方とかあるような……」

「私もそれ、気になってました」


 ふと、俺はこの店に来た時から疑問に思っていたことを聞いてみた。ユーリちゃんも同じ疑問を抱いていたらしい。


「あまりその話はしたくないのだがな。まぁ強いていうなら若気の至りってやつだ」

「若気の至り、ですか?」


 俺もユーリちゃんも頭上にハテナマークが飛んでいる。


「若い時に受けた衝撃というのは、呪いのようにずっと脳内を侵食し続ける。ユーリ。好きになる相手は慎重に選べよ。私のように、落ちぶれたくなければな」

「?」


 遠い目をしながら、エリザさんは紅茶をすすった。恋愛がらみで過去に何かあったのだろうが、話したくないって言ってる話を蒸し返す趣味は俺にはないので、この話はここまでにしておこう。横に座っているユーリちゃんもなんだかバツが悪そうだ。これ以上聞く気はなさそう。


「あー……そうだ!あの、エリザさん」

「なんだ」

「錬金術の本って、エリザさんの家にたくさんありますか?」

「興味があるのか?錬金術」


 興味ありまくりである。


「はい。実は俺、生まれてすぐに森に捨てられたんですけど、俺を捨てたヤツが俺のこと錬金術師って言ったことがずっと気になってて。ギルドの魔力測定もそれっぽい結果出てましたし。もしかして俺って錬金術師の才能があるのかなって思ってて」

「そうなんですよ!ビエルさん、測定用の水晶を砂と金にしちゃったんですよ!」

「嘘をつくな。そんな事ができるワケないだろう」


 さすがのエリザさんも、この件に関してはまったく信じてもらえない様子。あれって結局、バグってただけなのかもしれない。


「まぁいい。その話は置いておいて。錬金術を学びたいのなら、いい本がある。」


 エリザさんはそう言って立ち上がり、自室へと戻り、またすぐに食卓へと戻って来た。手に抱えていたとても重厚な書物をテーブルに置き、再び席に着く。


「これは?」

「分厚くて文字も小さく非常に読みにくい本ではあるが、錬金術の基礎がほぼ記された良書だ。私も最初はこれで学んだ。まぁいわゆる辞書のようなものだ。興味があるなら暇なときに読んでみるといい」

「うわ……」


 装丁の至る所がボロボロになっている。おそらく、エリザさんをこの本を何千回と読んだのだろう。付箋もいっぱいだ。


 裏表紙をめくると著者のサインがあった。グレイル・ボーガンという人が書いた本らしい。聞いたことあるような、ないような。


「あっ!この方は!?」

「ユーリは知っているようだな。そうだ。彼は国選の極級きょっきゅう錬金術師。この国の王の最側近で、おそらくこの世界で最強の錬金術師の1人だ」


 へぇ。すごい人なんだ。グレイルさんって。

 そんな大御所の人が書いた本ってなら絶対読みごたえあるよね?これ一冊だけでも、俺の夜がはかどりそうだ。さすがに一夜で完読は難しそうだし。


「ありがとう、エリザさん!」

「読み終わったら返せよ。さぁ、話は終わりだ。二人とも今日はもう休め。明日は日の出とともに修行をするから寝坊しないようにな」

「はい!師匠!」


 夕食後のティータイムはこれにて終了した。

 ユーリちゃんはお風呂へ。エリザさんは店の帳簿をつけなきゃいけないとのことでそのまま食卓で作業。俺は一旦本を抱えて自室に戻った。


 部屋に入り、備え付けの古びた簡易ベットに腰掛け一息付く。そして俺は何故かもう一度無意識に本の裏表紙をめくり、著者の名前を確認した。


「グレイル・ボーガン……」


 絶対に会ったことがない人なのに、心なしか、俺の魂は揺れていた。

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