第5話 俺、冒険者になる

「ねぇ、ビエルもわれと一緒に魔王宮へ来てくれるよね?」


 ラヴィが、これまで聞いたこともないような可愛らしい声色を使って、俺も一緒に魔王宮へ行かないかと提案してきた。


「そうじゃの。お主にはもう教えられることもないし、元々そのつもりで鍛えておったからの」


 リゼリアばあちゃんもラヴィと同意見らしい。


 そういえば、俺が森で拾われてここにやって来た時、リゼリアばあちゃんは俺を魔王軍の最強幹部に育て上げる的な事を言っていたような気もする。

 最初は生贄にするとかなんとか言われた記憶も薄っすらあるが。


「魔王様も一度ビエル様にお会いしたいと申しておりました。もちろん、ビエル様の意思は尊重しろとのお達しですので、もしよろしければというお話ではありますが」


 ヴァンさんも魔王様も、みんな俺が魔王宮へ足を運ぶことを望んでいるらしい。


「いやでも俺、人間だし。いくら不戦協定があるとはいえ、こんな若造が魔王宮なんかに行っても魔族の皆さんに白い目で見られるだけでしょ」


 魔王宮なんて厨二心をくすぐる場所に行きたくないわけではないが、冷静に考えると俺の懸念はあながち間違っていないと思う。

 みんながみんな、俺を好意的に受け入れてくれることなんてまずない。


 あ、ちなみに不戦協定っていうのは、今から40年くらい前に人間側と魔族側で交わした平和条約みたいな約束事だ。この異世界では、その協定が結ばれるまでずっと人間と魔族は戦争を繰り返していたらしい。


 不毛な争いの歴史に終止符を打ったのは、ラヴィの父で魔王軍の長でもある現魔王のゼルビア。なんでも魔族側にとっては不平等とも言える内容の協定を自ら持ち掛け、人間側との合意をなんとか形成し、今の平和な世の中をもたらしたらしい。と、本に書いてあった。


 含みはあったが、リゼリアばあちゃんに聞いた話との整合性もほぼ取れていたので、まぁ正しい歴史なのだろう。現に今も平和な時代は続いている。


 とは言うものの、それは表向きな話で。

 実際、お互いがお互いの存在をどう思っているのかは、本当のところわからない。

 

「安心してビエル!そなたの事をないがしろにする不届きな魔族にはわれが正義の鉄槌を下してやるから!」


 魔王の娘が正義の鉄槌ってのもちょっと皮肉っぽいけど、そう言ってもらえるのは心強い。


 ラヴィはとても気が強くわがままな性格をしているけど、案外面倒見がよく、なんだかんだいつも俺の事を気にかけてくれる、とても優しいお姉さんだ。


 これだけ誘われているのだから、俺の杞憂なんて大した事ないのかもしれない。


 だけど……


「ありがとう!みんなが俺のこと誘ってくれて、凄く嬉しいよ!」

「そうでしょ、そうでしょ!よし!それじゃあすぐに準備を整えて、みんなで一緒に魔王宮へ帰りましょ……」

「……ごめん、ラヴィ」

「えっ?」

「俺は一緒には帰れない」

「……はぁ?なんでよ」


 まさか拒否されるとは思ってもみなかったのか、ラヴィは俺の予想外の返答に困惑している様子だ。「え、マジありえないんですけど」って顔してる。


「俺、実は……冒険者になりたいんだ!」

「……はい?」


 さらに「意味不明」的な表情になるラヴィさん。困惑が怒りに変わる。


「あのねビエル。アンタ今の自分の実力がどれほどのものなのか、本当にわかってそれ言ってんの?」

「えっ?実力?実力はまぁ、ぼちぼちなんじゃないかと……」

「バカ!アンタが今さら冒険者なんかやったって、なんのメリットもないわよ!」


 そ、そんな事ないだろ!

 俺は一度自由に世界を旅して、この異世界のことをもっとたくさん知りたいんだ!


「私と一緒にくれば、貴方の望むことはわれがなんでも叶えてあげるわよ!」

「ラヴィ様。なんでも、は言い過ぎです」

「うるさいヴァン!じゃあほとんど!」


 なんかスゲー怒ってるな、ラヴィのヤツ。なんでそんなに怒ってるの?

 確かに15年も一緒に暮らしていたから、少し寂しい気持ちは俺にだってある。

 でも一生会えなくなるワケでもないんだし、旅の合間でたまに魔王宮に顔出せば済むだけの話だと思うのだが。


「ラヴィや。わしもビエルをゆくゆくは魔王軍の幹部にと思って育ててはおったが、此奴の意思は固いようじゃ。この男ももう立派な大人の人間。自由にさせてやれ」

「ば、ばぁちゃん……」


 リゼリアばあちゃんは俺の思いを汲んでくれたのか、ラヴィを諭してくれた。

 15歳は異世界だと大人なのか?いや、俺は転生者だから実際は……

 まぁそんな細かいことはどうでもいいか。


「魔王様もビエル様の意思を尊重するよう言われております。無理強いはよくありませんよ、ラヴィ様」

「そ、そんなぁ……」


 今度は泣きそうな表情になるラヴィ。

 いつものことながら、感情の忙しいねぇちゃんだな、ホント。


「冒険者になりたいのなら、中堅都市ウォーレンの冒険者ギルドを訊ねるのがよかろう。このエンドフォレストから一番近い、大きめの街がそこじゃからの」

「ウォーレン?」

「そうじゃ。ウォーレンにはワシのバカ弟子が一人住んどるでの。冒険者やるにしても宿が必要じゃろ?一報いれておくから、ソイツの家で寝泊まりすればええぞ」


 お弟子さんの意向は無視して勝手に決めるんだ。さすがリゼリアばあちゃん。てか俺とラヴィ以外にもそういう人いたんだね。ところで一報ってどうやって入れるんだろ。この異世界って現代で言うところの通信装置みたいなものがあるのか?いや、魔術でちょちょってやるだけか。まぁどっちでもいいか。


「そのウォーレンってどこにあるの?」

「東じゃ」

「いや大雑把すぎでしょ」

「なんでもワシに頼るな。あとで地図をやるから自分で探せ。それも修行じゃ」


 親切なのか適当なのかよくわからないけど、それは今に始まった事でもないし、別に問題ないか。いきなり冒険者やりたいって人間に対して、宿を準備してくるってだけでもありがたい話なんだから。


「ビエルぅ……」

「落ち着いたら絶対、魔王宮遊びにいくからさ!もう、そんな顔しないでよ!」

「ぐすん……」


 ラヴィの目には涙が浮かんでいる。

 成長したラヴィはとても美しい女性になったと思う。魔性の魅力っていうのかな?人間にはない力強さと儚さが同居した例えようのない色香がある。そんな彼女に泣かれると、若干後ろ髪を引かれる思いにもなるが、ただ俺の決意は変わらない。


「お互い成長して、また会おうよ!」

「ぐすん……ビエル、これ……」


 目に溜まった水滴を拭い、ラヴィは自身の首の後ろに手を回し始めた。いつも肌身離さず付けていたペンダントをはずし、俺の両手へ包み込むように渡してくれた。


「えっ?これって……」

「魔王宮は地図には載ってない場所にあるから、ビエルが我の元へ来るとき迷わないように、このペンダントを渡しておく」

「もしかして、これ持ってるとラヴィの居場所がわかるとか?」

「うん……。ペンダントを空にかざして、我の名前を叫べば道標になってくれるの」

  

 GPSみたいですごいじゃないか。


「でもこれ、大事なモノじゃないの?」

「ううん。魔王宮に戻れば、お父様が山のように持ってるから大丈夫」


 量産型かよ。ラヴィが毎日肌身離さず身に着けていたペンダントだから、てっきりお母さんの形見とかそういう代物かと思ってた。


 魔王様ってもしかして、親バカなの?


「わかった!じゃあもらっとく!みんな、今までありがとう!俺、もう行くね!」

「そう焦るなて。地図もまだ渡しとらんじゃろが」

「あ、そうだった」


 外の世界を知りたい思いが強すぎて、前のめりになってる自分がいる。そう焦らなくてもいい。冒険は、逃げたりしない。ウォーレンまでの距離がどのくらいあるのかもまだわかっていないし、地図を見て、旅の準備をしてから出発することにしよう。


「絶対すぐ会いに来てね、ビエル。約束だからね!」

「うん。まあ、なるべく早いうちに!でっかいお土産持って、会いに行くから!」

「絶対よ!」


 すごい念押しされたし、これは早めに行ってあげたほうがよさそうだな。この先どうなるかわからないけど、自分を待っていてくれる存在がいるってのは安心感につながる。


 ラヴィおねえちゃん、今まで本当にありがとう!


「青春、じゃのぉ……」

「若いって、いいですね……」


 とある夏の終わりの別れの時。


 しみじみと感慨深げなヴァンさんとリベリアばあちゃんのつぶやきを背に、俺の新たな冒険の日々が始まるのだった。

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