第4話 伝説の魔女

15歳になった。


「……本気でいくぞい」


 この歳まで俺は本当に、もうこれでもかってくらい、魔王の娘ラヴィと一緒にしこたま鍛え上げられたと思う。今まさに対峙している、おぞましい本気の魔力を解き放った、リゼリアという伝説の魔女に。


「災厄モード」


 悲鳴のような轟音とともに空気、いや空間が震え上がる。辺りに潜んでいたであろう魔物達が、恐怖に苛まれ逃げ惑う姿が視界に入る。


「ちょ、ちょっとばあちゃん……」


 木の陰からちょこんと顔を出し、この様子を心配そうにラヴィが眺めていた。あの表情から察するに、ラヴィもリゼリアの本気を見るのは初めてなのだろう。


 小刻みに震えているのが、木陰まで少し距離があるこの位置からでもわかる。


「す、すげぇ……これがリゼリアばあちゃんの本気か……」

「かつて勇者パーティを一網打尽にしたこのワシの最強奥義……」


 リゼリアの構えた杖に黑い魔力の渦が集中する!あの魔力量で放たれた魔術が直撃すれば、いくらここまで鍛錬に鍛錬を重ねた俺の肉体といえど、絶対に無事では済まされない!


 というよりこれ……

 もう修行の域、超えちゃってませんかね?


「気を抜くと……死ぬぞい」

「……上等だ」


 背中に冷や汗の流れる感覚がある。

 生唾をゴクリと呑み込み、この大魔術に対応する防御結界を思索する。


 これまでたくさん勉強も重ねてきた。

 魔女の住処にあった魔術書の類は全て1000回以上読んだ。


 もう一言一句、すべての記載内容が脳みそに刻み込まれている。


 よく考えるんだ!

 今ばあちゃんが目の前で練り上げている魔力の性質や放たれる魔術の種別も、これまで読破してきた書物の中に情報はあったハズだ!

 

 思い出せ!

 思考を集中させろ!アレは……

 そうだ!リゼリアばあちゃんが構えた杖に集約する禍々まがまがしいアレは、黑炎球だ!

 

 そうなると通常の魔術障壁ではダメだ!

 あの黑い炎は水系の防壁ですら簡単に焼き尽くす!

 

「覚悟はよいか?」

「くっ!こ、来いやあああ!!」

「アホ。ほんとに死ぬぞい。ちゃんと準備せえよ」


 なんか凄い滾らせた状態のまま、ばあちゃんはその状態をキープしている。どうやら、俺が態勢を整えるまで待っていてくれてるみたいだ。


 い、いや何ちょっとホッとしてんの、俺!

 これ、恐らくばあちゃんの優しさ!実践だったらたぶんやられてる!


 集中しろ、俺!

 あの魔術に対処できる唯一の魔術は、たぶんアレしかない!


「はああああ!!!」


 俺はばあちゃんの闇魔術に対抗するため、その対となる属性の魔力を高めた!


「ふっ!いい感じじゃぞ、ビエル!ではゆくぞ!!」

「!?」

地獄魔黑炎ダークネスヘルファイヤー!!」

「うおおおおお!!」


 リゼリアばあちゃんの杖から放たれた漆黒の黑炎球が凄まじい速度で俺へと迫る!

 俺が選択した対処法。それは……


剣光一閃ライトセーバー


 右手に生まれ出でた光の魔術剣の一振りで、俺はリゼリアばあちゃんの奥義を両断し、放った魔術そのものを消滅させたのだった。



◇◇ ◆ ◇◇



「いや、まさかあんな方法で消されるとは思わんかったわい……」

「ばあちゃんの奥義を斬っちゃうなんて……」


 俺が咄嗟に考えて選択した黑火球への対処法は、防御ではなく攻撃。

 なんか防いだり弾いたりするイメージが湧かなかったから、とりあえず斬った。

 自分としては最良の判断だと思っているが、ラヴィもリゼリアばあちゃんもなんか唖然としている。


 俺、なんか間違えちゃったのかな?


「もうワシがビエルに教えられることはないのかもしれんのぉ」

われなんて簡単に抜かされされちゃったし……」


 またまたご謙遜を!

 俺なんてまだばあちゃんの足元にも及ばないよ!現に今だって俺が準備整うまで、ばあちゃん待っててくれたし!


 ラヴィにだって……あ、いやラヴィにはもう結構勝てるから俺の方が強いのか?いや、そんなことはないか。多分、実践だとまた違うんだと思う。

 

 俺はほぼ寝ずに今日まで努力してきて、確かにそこそこ強くなった。でも、それはあくまでラヴィやリゼリアばあちゃんが、修行として俺の相手をしてくれたからであって、本気ではなかったはずなんだ。


 いままではただ、練習をしていただけだ。

 修行以外の場でどのように力を発揮できるかは、実際のところやってみなければわからない。


 ……


 外の世界って、どうなっているんだろう。

 俺が異世界にやってきて15年。

 俺はこの森のことしか、この世界のことは知らない。


「ラヴィ様!」

「あ、ヴァン!」


 魔女との戦闘訓練を終え、静けさを取り戻した死者の森に、とある聞き覚えのある声が響き渡った。


 その声の主は、魔王宮で魔王の側近を務めているヴァンという魔族。

 何ヶ月かに一度、ラヴィの様子を見るためここを訪れている、律儀なおじさんだ。

 当然、俺もリゼリアばあちゃんも面識はある。


「お勤めご苦労様でございます、リゼリア様」

「ちと報酬が安すぎると思うのじゃがな。もう少しコレ、なんとかならんかのぉ?」


 右手を上に向けて開き、親指と人差し指をくっつけて上下に動かすリベリア。

 マネー交渉の合図に見えるが……


「い、いえ。魔王軍ウチも財政状況が芳しくないもので。ご勘弁を」


 即却下されたようだ。

 ラヴィの育成はリゼリアばあちゃんの仕事だったようだ。


「それにしても、ビエル様。リゼリア様との戦闘訓練、遠方から見させていただきましたが……本当にお強くなられたようで」

「い、いや。俺なんてまだまだですよ!フンッ!フンッ!」

「……あの、なにされているのですか?」

「えっ?スクワット」


 第三者に褒められるとなんだかすごく嬉しい。謙遜してみたが、思わずニヤニヤしながらスクワットしてしまった。


 やっちまった。


「今日はなにを持ってきてくれたのかしら?美味しいモノだと嬉しいけど」

「いえ、ラヴィ様。今日は差し入れはございません」

「は?じゃあ何しに来たのよ、ヴァン」

「貴女様を迎えに来ました。修行は今日で終了となります」

「……えっ?」


 唐突に、ラヴィが俺とともに過ごした15年の、この地での修行生活が終わりを告げる。


「魔王宮へお戻りください、ラヴィ様。魔王様がお呼びです」

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