第3話 魔王の娘

 10歳になった。


 相変わらず、転生時に授かった【体力概念0】という特典のおかげで、この身体は疲れるということを知らない。


「はぁはぁ……」


 息を切らし、俺と対峙するツノの生えた美少女の姿がそこにはある。

 彼女の名前はラヴィという。

 魔王の娘で、もうかれこれ10年ほど一緒に修行を重ねている、俺にとって姉のような存在だ。


「もう終わり?」


 息も切らさず、ラヴィと対峙する俺。

 彼女と実戦形式の戦闘訓練を開始してからすでに1時間は経過している。

 俺の中に疲労感はまったくない。


「くっ!まだまだぁ!」

 

 気合を入れ直し、魔力を高めるラヴィ。

 再び構え、俺との間合いを測る。


 戦いの実力的には俺はまだラヴィに劣る。

 それもそうだろう。


 彼女は魔族の頂点に位置する魔王の娘だし、俺よりずいぶん前から魔女であるリゼリアばあちゃんの元で修行を重ねていたのだから、実力差が急に逆転することなど通常だとあり得ない。


 むしろ俺みたいなただの人が同じ状況で鍛錬したところで、普通は能力差が開くばかりで、その溝が埋まることはない。


 ただ俺には体力という概念がそもそもない。


 だから、努力は無限に重ねられた。

 いかんともしがたい実力差は、その鍛錬の日々が徐々に埋めてくれた。


 もう大差はないはず。

 むしろ体力が減らない分、長い時間戦いを続ければ俺の方が有利になる。


「疲れてるんじゃないの?少し休憩したらどう……」

われを、舐めるなぁ!!」


 間合いを一気に詰め、迫るラヴィ!少し気を利かせていい提案をしたつもりだったが、逆効果だったようだ。彼女は侮られていると感じ、プライドがそれを許さなかったのだろう。本気の拳撃が俺を襲う!


 だが、疲労で動きが鈍くなったのか、手合わせを開始した頃の勢いはすでになかった。さっきまでは見えづらかったラヴィの動き。


 今はとてもよく見えている!


「なっ!?」

「捕らえたと思った?さっきより遅くなってるよ!」


 ラヴィの動きは直線的だ。ほとんどの場合、真っすぐ俺に突っ込んでくる。


 彼女は俺に対して攻撃を仕掛けるとき、フェイントを入れたり、攪乱するための動きをあまりしない。彼女なりの俺への気遣いなのかもしれないが、疲労で鈍ったラヴィの突進パンチを俺は完全に見切っていた!


「まだ終わってないッ!」


 初撃を綺麗に避けられたラヴィだったが、体勢を立て直し、すかさず俺の後頭部目掛けて回し蹴りを放ってきた!


 しかし、俺は彼女の手癖や攻撃パターンについてはほぼ把握している。

 ラヴィが絶好調なら、間一髪躱せるかどうかといったところだが、今は動きが遅くて一瞬考える余裕があった。


「うりゃ!」

「うそっ!止められた!?」


 俺は蹴りの軌道を見切り、ラヴィの右足をバシッと掴んで止めた!


「くっ!もう一撃!」

「甘いっ!」

「ひゃん!」

 

 ラヴィは俺に掴まれた右足を起点に、さらに勢いをつけて回転し、左足で俺の頭上目掛けて蹴り降ろしてきたが、それも見切っていた!


 両足とも鷲掴みにして、ラヴィを逆さづりの状態にしてやった!


 おっしゃ!全部止めたった!


「ま、まだ両手が空いて……」

「パンツ丸見えだけど大丈夫?」


 ラヴィは戦闘訓練であるにも関わらず、何故かいつも可愛らしいスカートを履いて俺に挑んでくる。いつもは下着の上に必ずスパッツみたいな青い短パンを身に着けていたのだが、今日に限っては何故かそれが見当たらない。全見えである。


 まったく。俺のこと侮りすぎだっての。

 今でこそ別々だが、昔は一緒にお風呂とか入ってたし、パンツ見られるくらいどってことないのかもしれないけど、今度から戦う時はちゃんとズボン履いて来いよ!


「い、いやぁぁぁ!やだやだ!見ないで!この変態!!」


 空いた両手は逆さ吊りで捲れ上がった自身のスカートを押さえることで必死になっていたラヴィ。てかなんでそんな怒ってんの?顔も赤いし。そんなことで屈辱を感じて隠そうとするくらいなら、しっかり準備してきてください。

 

 まぁそんなことはどうでもいいか。これで反撃の目は完全に塞いだな!


 俺の、完全勝利だ!


「ほぉぉ。疲れていたとはいえ、もうラヴィの攻撃を見切れるようになったか!さすがはワシが見込んだ男じゃ!よくやったのぉ、ビエル!」

「あ、リゼリアばあちゃん!」


 まったく気づかなかったが、魔女のリゼリアばあちゃんがいつの間にか俺たちのすぐ傍まで来ていて、俺を褒めたたえていた。


 それにしても、相変わらず不思議な力を使うばあちゃんだ。実力の底が知れない。この魔女ひとには天地がひっくり返っても、一生勝てる気がしない。


「うえーん!ばあちゃーん!ビエルにパンツ見られたぁ」

「そんな恰好しとるからじゃろ!ビエルや。そろそろ降ろしてやってくれんかの」

「あ、うん」


 リゼリアばあちゃんの指示でゆっくりとラヴィを地面に降ろす俺。そのままラヴィは地面に座り込み、下を向いてなにやらブツブツ呟いている。


「(もっと可愛いの履いてくればよかった……)」

「ん?なんか言った?」

「……あ、いやなんでもない!なんでもないわ!あっち行け!バカ!!」


 よく聞こえなかったけど、ラヴィのヤツ、なんか顔を紅潮させて怒ってるな。俺に負けたのがそんなに悔しかったのか。


 今度からはちゃんと戦闘用の衣服で戦ってくれよ。さっきは喜んじゃったけど、正直こんな勝ち方してもあまり嬉しくはないからね。


「食事の準備が出来とるから二人とも住処へ帰るぞい。今日の晩飯はエルドラゴンの焼肉じゃ!たくさん食べて、強くなるんじゃぞ!二人とも!」

「おっしゃぁぁ!御馳走だぁぁ!!」

「うむ!よしビエルよ!お前はここから住処すみかまで兎跳びで帰るのじゃ!!」

「うん!わかった!」


 俺はなんの疑問も持たず、ここから数キロはあるであろう住処までの道のりを、一人高速兎跳びで帰っていくのであった。

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