第6話 新たな出会い

「この地図、本当に合ってんのかよ……」


 夜明け前、エンドフォレストにある魔女の住処を出発して半日ほど経過した。

 冒険者ギルドがある中堅都市ウォーレンを目指して、俺は今ガレスウッド、通称“抱擁の森”の中腹辺りを進んでいる。と、自分では思っている。


 少し不安になったので足を止め、一度現在値を確かめるのに地図を広げている。


 リベリアのばあちゃんにもらった、端々が欠け薄茶色に変色したこの古い地図上の情報によると、ここを抜ければもう少しでウォーレンに辿り着けるはずなのだが……。


「……これ、何年前の地図なんだろ。1000年前って言われても信じそう」


 魔女の住処にあった蔵書は基本ぜんぶ古かった。中には明らかに現代の言語体系を逸脱した、古文書みたいな書物もあった。


 あれは読むの大変だったなぁ。

 なんとか他の書物から様々な言語情報を集めてパターン解析したりして。

 読破するのに7日7晩かかった記憶がある。


 そういえば、恐ろしくて聞いた事なかったけど、リゼリアばあちゃんって何歳だったんだろう。今更ながら、なんか気になってきた。


「魔女だから、もしかしたら1000歳とか軽く超えてた可能性も……」

「うわあああああ!!!」


 地図を広げていた手が少し震えた。

 突然遠くから響いた悲鳴に、思わず目を見開く。かすかでありながらも切羽詰まった緊迫感を察した。俺は瞬時の判断でその場から声が聞こえた方角へ向け、一気に加速した。


「……見えた!」


 距離はそれほど離れていなかった。走り出してすぐに悲鳴の状況は理解した。一度全体が見える位置で立ち止まり、俯瞰する。


 横転した馬車の近くに人影が2つある。1人は御者っぽいヒゲのおじさん。もう1人は……たぶん、女性冒険者だな。実物を見たのは初めてだけど、本の知識によればたぶんそうだろ。


 俺の存在にはまだ気づいていないようだ。

 あえて距離をとっている理由は、いきなり渦中へ飛び込むとロクなことがないという経験を俺が重ねているからだ。助けるにしても、まずは冷静に現状分析をするに越したことはない。


 それに今の俺なら、この位置であれば確実に彼女たちを助けられる自信はある。


「ひぃぃぃ!!!お、お嬢ちゃん冒険者なんでしょ?アレ、なんとかしてよ!!」

「いえ、私はまだ冒険者ではなくって……」


 どうやら女性のほうは冒険者ではなかったようだ。なんだよ。見掛け倒しかよ。


 彼女たちの前方及び側方には魔物の姿がある。その数およそ10。あの感じだと2人ともやられちゃいそうだね。

 

「でも、やるしかなさそうですね」


 一歩前へ踏み出し、腰に携えた剣を抜き、魔物の群れに対峙する冒険者風女性。

 赤いロングヘアーをなびかせ凛々しいように見えるが、華奢すぎる体躯が震えているのがここからでもわかる。

 無理してる。あの様子では絶対に勝てない。

 てか御者のおっさんも戦えよ。なにびびって腰抜かしてんの?



 グルルルル……

 ガルルルル……

 オホッ!オホォォォ!



 魔狼、魔犬、魔猿に魔猪……

 なかなかバラエティに富んだ面々だな。


 あの興奮具合からしてすぐにでも襲い掛かっちゃいそう。ゆるりと鑑賞している場合じゃなさそうだな。


 んじゃ、そろそろ行きますか!


「か、かかってきなさ……」

「なんか楽しそうだね。俺も混ぜてよ」


 俺は彼女の背後からゆっくりと、敵との間合いを少しずつ詰めた。特に威圧感を意識したとか、そんなつもりは特段なかった。


 だが……



 ガオオオオオ……!?

 グオオオオオ……!?!?

 オホッ……ヒェッ!ヒュン



 両サイドに広がっていた獣たちは、なぜか前方の群れと合流し、身を寄せ合うように集まりだした。


 協力して連携攻撃でもするつもりか?


 まぁ、この程度の魔物を狩るのは日課みたいなものだったから、一斉に襲われたとしても一向に問題はない。むしろバラけて色々な角度から攻撃されるほうが面倒臭いと思っていたので、一か所にまとまってくれて助かった。


 んじゃ、一気にサクッと片付けて、質のよさそうな肉は血抜きして、魔法でちょちょっと瞬間冷凍して持って帰ることに……



 ヒェェェェェ!!!



「……ん?あれれ?」


 一団となった敵の群れは、一目散に全員俺に背を向け、全速力で逃亡した。なんだよ。せっかく俺がいい肉ならありがたく後で食させてもらおうと思ってたのに。


 まあ、結果的に人助けは出来たし、魔物はいつでも狩れるから見逃してやるか。


「ケガはない?冒険者志望のおねぇさん」

「あの……えっと……」

「あっ!血出てるじゃん!」


 よく見ると、この子肩のあたりから出血してるじゃないか!


治癒ヒール

「えっ?回復魔術……」

「はい、治ったよ!」

「はやっ!お兄さんもしかして、回復ヒーラー系の魔術師さんなんですか?」


 ヒーラー系の魔術師?そもそも俺、魔術師なのか?ラヴィやリゼリアばあちゃんにそう呼ばれたこともないから、なんて答えていいかわからない。


「魔術は使えるけど、自分が魔術師かどうかはちょっとわかんない」

「そう、なんですか。あんなに早く回復魔術使える人、初めて見たんですけど……」


 いや普通でしょ。リゼリアのばあちゃんとかもっと早かったし。


「冒険者志望のおねぇさん。名前、なんて言うの?」

「あ、私ですか?私、ユーリって言います。お兄さんは?」

「俺はビエル。冒険者になりたくて、中堅都市ウォーレンを目指してたんだ」


 地図に従ってここまで来たが、今いる場所がウォーレンにどのくらい近づいているのかがわからない。もう半日も走って来たんだから、いいかげん到着してもらわないと困るんだけど。


「えっ?奇遇ですね。実は私もウォーレンで冒険者登録しようと思ってここまで馬車で来たんです。けど、いきなり魔物に襲われて、あんなことになっちゃいまして……」


 走ってる馬車襲うとか。この森の魔物は結構凶暴なのかな?


「あ、そうなんだ!ウォーレンってここから後どれくらいで着くの?」

「そんなに遠くないですよ。この林道をまっすぐ馬車で進めば明るいうちに着きますし、歩いて行っても夕暮れ時には到着できると思います」


 ってことは、走れば一瞬ってことじゃん!よかった!この道を真っすぐ進めばいいんだな。よし、行くか。目的地はもうすぐそこだ。


 でも、ユーリちゃんはどうしようかな。


 いや、彼女は馬車で来てたんだっけか。それなら御者の人にお願いして、また馬車に揺られてゆっくり来ればいい……


 おや?そういえばさっきから馬さんも御者さんも荷車も見当たらないな。どこいったんだろ。どこかに隠れているのかな?


 ……いや、気配がない!


「ああ!!御者さんと馬車が丸ごといなくなってる!!」

「どうやら、逃げちゃったみたいだね」

「ど、どうしよう……。こんな危険な森、私一人で歩けないよぉ……」


 チラチラこちらに目配せしながら、ユーリちゃんが焦りを滲ませている。素直に言えばいいのに。この目は完全に俺をあてにしている。


「あーもしよかったら、ウォーレンまで一緒に……」

「喜んで!!」


 まだすべてを言い終えていないのに、かなり食い気味で俺の提案を高速で受け入れるユーリちゃん。そんな怖がりで、本当に冒険者なんてなれんの?


 まったく。走れば一瞬なのに、まさか歩いて行く羽目になるとは。さすがに初対面の女の子をおぶって街を目指すわけにもいかないしな。


「それじゃ、はりきっていきましょう!」


 弱そうなのに元気いっぱいのユーリちゃん。

 やれやれ、しょうがない。


 ただ歩くだけじゃ全然鍛錬にならないし。

 兎跳びでもしながら街を目指すとしますかね。

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