第7話 ドラゴン討伐-1

「あ、あの……なにやってるんですか?」

「えっ?知らないの?兎跳び」

「いや、それはわかります」


 ユーリちゃんを担いで走るワケにもいかなかったので、歩いて冒険者ギルドがある中堅都市ウォーレンを目指していた俺と彼女。


 ここまで修行を兼ねて走ってきた俺にとって、普通の移動は退屈極まりない。ってことで今は兎跳びで目的地を目指しているのだが……


「ストイックなんですね。ビエルさんって」

「そう?普通だけど」


 両足を揃えてピョンピョン飛び跳ねて進む俺を横目に、隣を歩くユーリちゃんが苦笑いを浮かべている。俺、なんかおかしいこと言った?


 ただ歩くだけなんて、そんな無駄な時間は普通過ごせないだろ。俺はこの異世界に来てから、時間を無駄にすることがすごく嫌いになっていた。


 人生は、修行だ!!


「ところで、ビエルさんってどこからいらしたんですか?」

「ん?俺はエンドフォレストにある魔女の住処からだけど」

「……はい?」

「いやーばあちゃんにもらった地図だとウォーレンまですごい近そうに感じたんだけど、全然そんなことなくってさ!走ってここまで来たんだけど、半日くらいかかっちゃったんだよね」

「は、はい??」


 なんかユーリちゃんが目を白黒させながら驚愕の表情を浮かべている。やっぱ時間かかりすぎだよね。まあまあ気合入れて走ったんだけど、俺もまだまだ修行が足りないみたいだ。


「方角だけは合ってたみたいだからよかったよ」

「あーえっと。ビエルさんて冗談がお好きなんですか?」

「冗談?」


 俺は人を笑わせられるような、ジョークを言えるタイプの人間ではない。

 てか別に冗談じゃないし。


「そもそもエンドフォレストに人なんて住んでいませんよ。魔女の住処?それ、ただの都市伝説ですよね?」

「都市伝説??」


 なるほど。世間一般ではそういう認識になってたのか、あのばあちゃん家。

 やっぱ田舎でずっと引きこもっていると、常識ってのものが身につかないよな。

 魔王宮に行くって選択肢もあったけど……

 なんだかんだ、アソコ飛び出して正解だったのかもしれない。


「もし仮に1万歩譲ってその近辺に住んでいたとして、そこから走って半日でここまで来た?いえいえ、あのエンドフォレストからここまで、どれだけ遠いと思ってるんですか?」

「えーっと、わかんない」

「速い馬車でも3日はかかる距離ですよ?ビエルさんはもう少しボキャブラリーの引き出しを増やしたほうがいいと思いますっ!」


 丁寧な物言いをする割には、結構グサグサと人の心にナイフを突き立てるような話し方するな、この子。初対面なのに。見た目は凄く可愛らしい小動物のような感じだけど、中身は案外、獰猛な肉食獣のソレなのかもしれない。


「あ、ちなみにユーリちゃんはなんで冒険者になりたいの?」


 話を変えるため、俺はユーリちゃんの経緯について聞くことにした。


「私?私は……」


 ためらうことなく素直に身の上話をしてくれたユーリちゃん。


 ……なるほどね。


 彼女は幼い頃に両親が他界し、引き取ってくれた祖母と2人暮らしをしていたが、そのばあちゃんも死んで天涯孤独になったと。元々魔術師になりたかったから王都の魔術学院に入学するため勉強していたと。でも入学費用や学費が足りないのと、入試の実技試験対策も兼ねて冒険者登録して稼ぎたいと。


 要約すると、こんなところか。

 なんか、切ない話だね。


 俺も転生森捨て絶望スタートだったから大概な人生だけど、彼女の生い立ちも結構なハードモードだと思う。初対面だけど、なんだか親近感を覚える。


「苦労してるんだね、ユーリちゃんも……」

「えっ?全然そんなことないですよ!だっておばあちゃんのお世話、すっごい大変だったから!今は自由になれてすごい清々せいせいしてます!」

「あ、えっと。うん……」


 ユーリちゃんって、もしかしてサイコパス気質なの?サラっとものすごくヒドい事言ってる気がする。


「とにかく私は早く入学費用を貯めて、試験対策をやらなくちゃいけないんです」

「そ、そっか!魔術学院ねぇ……」


 そういうのがあるということは知識としては持っていたが、自分のことに置き換えて考えてみたことはこれまでなかった。


 ちなみに彼女が入学を目指しているのは、王都セレスタインの中央に所在する魔術学院[ヘルボーガン]。世界で唯一の国営の魔術学院で、世界中から優秀な若い才能が集まる、言わば学園の頂点に位置する凄い学校らしい。


 入学倍率は常に1000倍を超える超難関。国選の魔術師や錬金術師を目指す者は基本的にこの学園に入りたいらしい。転生前の仕組みで語るなら、いわゆるキャリア組ってヤツになるのかな。エリート街道の登竜門か。


 冒険者になることが最優先事項だと息巻いて住処を飛び出してきたけど、ユーリちゃんの話を聞いていたら、俺も学院というものに少し興味が出てきた。


「ユーリちゃん。その試験っていつあるの?」

「ちょうど今から半年後の今日です」

「今から勉強しても間に合うかな?どんな試験なのかまったく知らないけど」

「ふぅぅぅぅぅ……」


 海よりも深いため息を付きながら、ユーリちゃんが俺に全力の憐みを傾けている。


 なんかヘンなこと聞いたか?俺。


「私は幼い頃から国選の魔術師になりたくて、寝る間を惜しんでずっと勉強してきました。自分でもよく頑張ったと思いますし、今の私は、その辺の同年代とは比較にならないくらい多くの知識を蓄えています。そんな私でも、合格率はおそらく五分」


 なんか力説し始めるユーリちゃん。

 別に貴女が今までどれだけ頑張ってきたかってのはどうでもいいんだけど。

 端的ににどんな内容の問題が出るかとか、そういうの教えてくれれば……



 ……ん?

 上空に強めの生体反応がひとつ。

 なんか来るな。



「半年で合格?舐めないでくださいよ!そんな短期間の付け焼き刃で合格出来るワケが……」

「ユーリちゃん、話の途中だけどちょっとゴメン!」

「えっ?ちょっ!?いきなり何して……ひゃああん!」


 対峙していたユーリちゃんを突然抱きかかえる俺。そのままクルっと後ろを向き、彼女を俺の後ろへと置く。再び正面へ体制を整え、そして視線は上空へと向けた。


「なっなななな、ちょっと!い、いきなりなにするんです……か?」


 俺のセクハラなど気にする余裕もなくなるほどの驚愕。ユーリちゃんはようやく、この場の空気が変わったことを悟り、腰を抜かした。


 羽音もなく、突然上空にフッと姿を現した巨大な一つの影。

 小癪にも、透明化の魔術を用いて俺たちに接近てきたようだ。まぁ気配まで消せていなかったようだから俺は気づいてたけど。


 ただ、まさかこんなところで遭遇するとは思わなかったよ。


 ……エルドラゴン。

 

「我が領域で騒音を巻き散らす蠅共は貴様等か」

「へぇ……しかも話せるタイプか」


 言語を操れるエルドラゴンとかめっちゃ希少なヤツじゃん!!


 今日の晩飯は焼肉で決まりだな!

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