第12話 戦闘試験

「(純度は低いがマジモンの金だぜ、コレ)」

「(あの水晶に金の成分なんか含まれてたっけ?)」

「(そもそも測定用の水晶を砂に変換しちまうとか聞いた事ねぇわ)」


 俺やユーリちゃんには聞こえないように、ギルドメンバー達は俺が変質してしまった水晶の砂をネタに、なにやらヒソヒソ話をしている模様。まあ全部聞こえているんだけどね。


 俺的には、今の結果が合格なのか不合格なのか早く教えてほしいから、そういうオトナの秘密談義はとっとと終えてほしい。


「魔力測定用の水晶を砂に変えちゃうなんて前代未聞ですよ!しかも金まで錬成しちゃうなんて!ビエルさんてもしかして、実はすっごい錬金術師の生まれなんじゃないですか?」

「いや、あれは水晶に金が混じってただけでしょ。出自のことは俺、よくわかんないよ」


 さすがに砂から金を錬成するなんてありえない事くらい俺でもわかる。


 ただ……


 やはり考えてしまう。俺、やっぱり生まれは錬金術師の家系なのかなぁ。今更ながら、俺を捨てた筋肉戦士の一言に重みを感じる。


「ビエル君」

「は、はい」


 打ち合わせが終わったのか、受付のお姉さんが俺の前までトコトコやって来て、さっきより柔和な表情で俺に話しかけてきた。


「私たちの持ってるマニュアルだけじゃ君の測定結果は判別できないから、とりあえずこの件は一旦保留ってことでいいかしら。ウチのリーダーがクエストから戻ったら改めて検討させてもらうわ。いつ戻るかはわからないけどね」


 いや、それは困る。


「俺、早く冒険者になりたいから、ダメならダメで他のギルド当たってみるよ」

「ちょっ!いや、それはダメ!!次の戦闘試験がクリアできたら仮加入の手続きはできるから!そしたらクエストの受注もできるようになるから!それならいいよね?ね?」


 なんか圧が凄いな。


「あ、そういうことならそれで別に構わないです。ありがとうございます」


 クエストが受けられるようになるならそれでいいか。今から他の街に行くのも面倒くさいし。てかこの受付のお姉さん、さっきと態度変わりすぎじゃないか?あのぶっきらぼうな対応はどこにいったんだ?


「よ、よかった(ホッ)。それじゃあ次は戦闘試験、やるわね」


 何故か胸を撫でおろす受付お姉さん。そのまま次の戦闘試験に進むため、俺たちの対戦相手、いわゆる試験官をギルドメンバーの中から見繕い始めた。


「誰がいいかしら……」

「あれ、誰か入ってきましたね」

「あ、ホントだ」


 ギルドの扉が勢いよく開いたので、ユーリちゃんと俺はそちらに視線を向ける。人影が2つある。入口から受付まで距離があるので、どういった人物が入って来たのかは最初わからなかった。


 が、2人は建物に入るや否やすぐに俺たちのところへズンズンと近づいてきた。次第に風貌がハッキリしてくる。


 小太りの髭ダルマと細長いネギみたいな顔したおっさんだった。2人とも硬そうな鎧を纏い、態度が偉そうだ。


「ん?なんだこのガキ共。まさかウチのギルドへの入会希望者か?」

「おいおい冗談はよしてくれよ。こんな弱そうなガキ共がウチみたいな気鋭のギルドに入れるはずないだろ」


 俺らを見るや否や、失礼極まりない態度で接してくるダルマとネギ。ただどうやら、彼らもギルドメンバーの一員のようだ。


「魔力測定が今終わったから、これからこの2人には戦闘試験を受けてもらおうと思ってたのよ」

「ほぉ。ウチの厳しい魔力基準をクリアしたってのか。ガキのくせに案外やるじゃねぇか」


 いや、俺はクリアできてないんだけどね。


「戦闘試験の試験官、誰やんの?もし誰もやらねぇなら、俺らやってやるよ。こっちも2人いるし、1対1ずつでちょうどいいだろ?」


 お、それはたしかにちょうどいい。

 それでいいよ。時間もったいないし、早くやろう!


「えっ?いや、アンタ達忙しいんでしょ?他のメンバーにお願いするから別に……」

「いいっていいって!俺らもたまには試験官やってやるよ!」

「じゃあ俺、あのお嬢ちゃんの相手するわ!ダルマはアホ面のガキのほうな!」

「おいネギ!勝手に決めるんじゃねぇよ」


 ほんとにダルマとネギって名前なんだ。見たまんまじゃねぇか。てか俺のことアホ面とか言いやがったな、あのネギ面!


 あとで吠え面かいても知らねぇぞ!


「おいおい止めとけって……」

「その二人、冒険者ランクダブルAだぞ……」

「しかも性格最悪……」

「絶対あのお嬢ちゃんのこと気に入ってるよな……」

「ボコボコにされちまうぞ……」


 周りのギルドメンバーから制止を促す声がうっすら聞こえてくる。どうやらこの2人はかなりの強者で曲者らしい。


 ただそう聞くと、俺的には逆に楽しみでもある。その位の相手じゃないと、多分歯ごたえがない。


「ビ、ビエルさん。どうします?私、この人たち苦手だから違う試験官がいいんですけど……」

「え?いいじゃんやろうよ。多分エルドラゴンより弱いから問題ないでしょ」

「ビエルさん。その基準で強さ語るの、やめてもらっていいですか?」

「大丈夫だって!ユーリちゃんが危ない目に遭いそうだったら俺がすぐ助けてあげるから!」

「ホントですか?それなら安心です!」


 ユーリちゃん、弱いからなぁ。あのおっさん達の慰みモノにならないよう、しっかり見張ってなきゃだな!


「なあ、ネギよ」

「ああ、わかってるぜダルマ」

「俺ら、完全に舐められてるよな」

「あのガキには、どうやらオトナの厳しさってのを、わからせてやらんといかんみたいだな」

 


◇◇ ◆ ◇◇



 冒険者ギルドの裏手を抜け、少し進んだ先に修練場という施設があった。そこは普段、ギルドメンバーが戦闘訓練を行う場所らしいのだが、新規加入希望者の戦闘試験会場としても利用されるとのことだ。


 俺とユーリちゃん、試験官のダルマとネギ。そして見届け人のギルドメンバー3名が今、この場所に足を運んでいる。


「あんちゃん、本当に素手でいいんだな?」

「うん。俺、剣とか使ったことないし」

「後でやっぱり使わせて下さいってのはナシだぜ」


 試験の準備を整えた俺とユーリちゃんは、すでに試験官と対峙していた。俺の相手はダルマでユーリちゃんの相手はネギ。


 修練場へ来る途中、試験方法について簡単な説明があった。別に試験官をなぎ倒す必要はないそうだ。あくまで近接戦闘の実力を計るための試験。試験官が実力アリと判断すればオーケーらしい。ちなみに木製の簡易な武器はいくつか用意されていて、どれを使用してもいいそうだが、魔法の使用は禁止されていた。


「正直、俺はアンタ達のことを信用していない。本当は合格ラインに達しているのに、ムカつくから不合格ってのはナシだよ?」

「心配するな。そのために見届け人がいる。あくまで判断するのは俺らだが、アイツらから疑義が出れば改めることもある。それに俺はどれだけムカつく奴でも強ければ認める主義でね」

「本当に?」

「ああ。ただ、弱いヤツは大嫌いだ。そして俺は、弱い者いじめが大好きだ」


 ダルマが粘着質な微笑を浮かべる。

 気持ち悪いヤツだな。要はコイツが俺の事弱いって判断したら、いたぶられても文句言うなよってことだろ?てか、見届け人がいる中でそんな事できるのか?それともギルドメンバーの人たちもいい人そうに見えて案外鬼畜なの?


 自分から弱者をなぶることが趣味ですって宣言するのは性格が悪すぎる。


「あっちの試験官の人もそんな感じなの?」


 ユーリちゃんが心配になる。彼女に近接戦闘の経験値やスキルがあるとは思えない。


「ん?いや、ネギは俺よりヒドいぜ」

「……えっ?」

「アイツは性癖が特殊なもんでな」


 あーそういう事ですか。だからあのネギはユーリちゃんと戦いたがってたんだ。ツラだけじゃなくて中身まで醜いとは、救えないね。


「ってことは、俺は早く自分の試験を終わらせて、あのネギ面のこと見張ってなきゃいけないってことになるよね?」

「どう考えたらそうなる、このイカサマ嘘つき野郎が」

「イカサマ??嘘つき??」


 俺は手品を使った覚えも嘘を吐き散らかした覚えもない。

 何言ってんだコイツ。


「ああ。お前、魔術測定用の水晶を砂と砂金に変えたんだろ?どうやったかは知らねぇが、そんな事が普通できるワケがねぇ。イカサマに決まってる」

「軽く魔力込めただけだよ」

「それにエルドラゴンより俺らが弱いだぁ?テメー、エルドラゴンと戦ったことあんのかよ」

「100回くらいかな?」

「……とんでもねぇ大ほら吹き野郎だな。まぁいい。その化けの皮、俺が1枚1枚丁寧に剥いで『ごめんなさい、もう嘘つきませんから許してください』とヒーヒー言わせながら謝らせてやるから、ごちゃごちゃ言ってねぇでとっととかかって来やが……」


 ごちゃごちゃ五月蠅うるさいのはテメーだ、ダルマ。長々と気持ちの悪いセリフ吐き連ねやがって。聞いてると腹立ってくるわ。


 ってことで……。 


「なっ!はやっ!ヤバ……ごっふぉ!」

「ふぅ。もう合格でいいかな?」


 瞬時に間合いを詰め、腹パン一発で黙らせてやった。エルドラゴンより弱いくせにイキってんじゃないよ、まったく。


「ええええええええ!!!」

「今どうなったの!?なんでダルマのヤツうつ伏せで倒れこんでるの!?」

「ビエル君がなんかやったんだろうけど……何やったのか全くわからん!」


 ギャラリー(ギルドメンバー3人)の開いた口が塞がらなくなっている。別にそんな驚くような動きをしたワケでもないんだけど。


 ちなみに合否を聞いても返事は返ってこなかった。泡吹いて気絶しちゃったみたいなので、それは後で強制気付けして確認させてもらうことにしよう。


 そんな事より、ユーリちゃんはどうなった?


「ほらほら、そんな動きじゃ冒険者やれないよ~。ほーれ」

「ちょ、ちょっと!どこ触ってるんですか!?」

「あ、スマンスマン。事故だ事故」


 ……完全にネギに弄ばれてるな、ユーリちゃん。あの尻の触り方は絶対に事故ではない。命の危険的なものは感じないが、このままエスカレートして慰み者にされちゃう可能性はやっぱあるよな。


 でも一応これ、戦闘試験だし。

 セクハラは許せないけど、もう少し様子見てみるか。


「ん?ダルマのヤツなんで寝てんの?まさかあんなクソガキにもうやられちゃったのか。だらしのねぇヤツだ」

「隙あり!」

「ん?俺に隙なんかねぇよ」


 一瞬わき見したネギに強襲を仕掛けたユーリちゃん。ただ、ネギにはまったく通じなかった。馬鹿正直に正面から突っ込んで、木製の剣を振り下ろしたはいいものの、軽く躱され、逆に後ろから羽交い絞めにされていた。


「あっ!もしかして俺のこと好きってこと?そうだろ、そうだろ。だって俺、イケメンだもんな!」

「ちょっ!ちが……」

「違わねぇよなぁ!」

「ぐっ……がはっ!?息が……」


 少し力を入れたのだろう。ユーリちゃんの顔色がみるみる青ざめていく。

 剣も落とし、これ以上の戦闘は不可能な状況に追い込まれている。


 もう、見過ごせない。


「いい加減にしろ。やりすぎだ、ネギ面」

「なっ!てめぇいつの間に……」


 俺は軽く地面を蹴り、少し早い移動でネギの背後に回った。

 右手に軽く魔力を込め、ネギの心臓がある付近に照準を定める。


 おそらく背中に危険を察知したのだろう。ネギが慌てて後ろを振り返り、ユーリちゃんの首拘束が緩まった瞬間を、俺は見逃さなかった。


「お、お前!そりゃ反則……」

「ユーリちゃん、今だ!」

「●ねぇぇぇぇ!!このセクハラクソネギ野郎がぁぁぁぁ!!」



 ドゴッ!!


 バタリ


 ネギの羽交い絞めをスルリと抜け、渾身の一撃をネギの脳天に叩き込んだユーリちゃん。セクハラの怒りは恐ろしい。


 でもね、ユーリちゃん。いくらなんでもその攻撃はちょっとまずいんじゃないのかなぁ。木剣とはいえ、フルスイングで頭殴っちゃダメでしょ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る