第11話 魔力測定

 エリザさんの工房から冒険者ギルドまでの道のりはそう遠くはなかった。

 

「あ、ここですね。冒険者ギルド」


 ユーリちゃんの案内に従い、俺たちは歴史ある石造りの立派な建造物前までやってきた。ここが中堅都市ウォーレンの冒険者ギルド【竜神会】らしい。

 

「いやー緊張するなぁ」


 冒険者ギルド……いい響きだ。

 昔読んだライトノベルの世界によく出てきた冒険者たちの楽園。

 今からその世界に足を踏み入れることが出来るのかと思うと、少しドキドキする。

 

「緊張なんて絶対してないですよね?ビエルさん。そんな事より一応、念押ししておきますけど……」


 そ、そんな事って。


「ギルドは冒険者が集まって情報交換したり、一緒に力を合わせて依頼をこなしたりする“仲間”を作る場所なんですから。あまり無茶なことして皆を怒らせたりしないでくださいね!」

「わ、わかってるよ」


 とは言うものの、俺がエンドフォレストから旅立って今日に至るまで、無茶な事をした覚えというのは一度もない。

 あくまで普通に、いつも通り過ごしているだけなんだけど、ユーリちゃん的には違うようだ。


「そうですよね!それじゃあまずはさっきから、隙あらばずっとやってるそのスクワット、止めましょうか?」

「えっ?いやこれは俺にとって呼吸と同じようなもので……」

「止めましょうか」

「……はい。すいません」

「では、行きましょう」


 ユーリちゃんが先陣を切って、ギルドの大きな扉を押して開け、スタスタと中に入っていく。俺も彼女の後ろをそそくさとついていく。


 大きな建物だから受付まで歩く距離がそこそこあったのだが、そこを目指す途中、中で歓談していたギルドメンバーと思わしき人たちが、俺とユーリちゃんに対して明らかな好機の目を向けていた。


 もしかしたら、この歳(15歳)でギルドの門を叩くこと自体、珍しいことなのかもしれない。


「新規登録2名、お願いしたいんですけど」


 早速、受付のお姉さんにギルド加入申請を依頼するユーリちゃん。

 俺の分も言ってくれたみたいなので、俺は後ろで大人しくしていようと思う。


「……ん。この紙に必要事項書いて」

「あ、はい」


 登録用紙を投げるように無造作にユーリちゃんに渡す受付のおねぇさん。


 なんか不愛想で失礼な受付だな。不機嫌さを隠そうともしていない。

 綺麗な人ではあるけども、この雰囲気じゃおそらく……いや、人を第一印象で判断するのは良くないよね。そういう物言いをする性格なだけだろう。


「じゃあこれ、ビエルさんの」

「ありがとう」


 受付の前には机が置いてあるので、そこで必要事項を記載していく俺とユーリちゃん。えっと、書かなきゃいけないのは名前、性別、生年月日、出身、職業、家系……


 出身はユーリちゃんの反応を思い出す限り、本当の事は書かないほうがよさそうだ。地図に書いてあった西の方にある地域を適当に書いておくか。


 職業ってのはなんだろう。そういえば俺がエンドフォレストに捨てられた時、筋肉のおっさんが俺の事、錬金術師って言ってたような気がする。いや、記憶違いかもしれないし、それを書くべきかもわかんないから、今はとりあえず無職でいいか。


 家系?そんなもんは知らん。

 

「あの俺、孤児だから家系とかわかんないんですけど」

「ちっ。じゃあそこは別に書かなくていいわ」


 今絶対舌打ちしたよね?無職で孤児だから見下したよね?不可抗力の部分で人のこと判別するのは良くないと思う!


「私、書けました!」

「そんな大きな声出さなくても聞こえて……!?」


 ユーリちゃんが提出した個人情報に目を通した受付の態度が変わる。


「えっ?なにか問題でもありましたか?」

「……あなた、ヘルメイス家の出自なの?」

「そ、そうですけど……」


 俺たちのことをニヤニヤしながら見ていたギルドの面々が騒めく。

 明らかにヘルメイスという名に反応したようだ。俺は当然、聞いたことがない。もしかして、ユーリちゃんていいとこのお嬢様だったの?


「と、とんでもねぇのが来たようだな……」

「あの伝説の魔術師夫妻の娘か」

「飛び切りの逸材じゃねぇか……」


 ああ。お嬢様じゃなくて魔術師の血統だったんだね。


 でもユーリちゃん、魔獣やドラゴンに襲われてた時、魔法を使うような素振りは見せてなかったけどなぁ。えっ?もしかして実力隠してたの?


「でも私、まだ魔法はまだほとんど使えないんです。小さい頃にお父さんもお母さんも死んじゃったから。単純な魔力の放出くらいは出来ますけど……」

「健気だねぇ……」

「泣けるねぇ……」


 なんか空気感変わったな。ユーリちゃん、完全にこのギルドを血筋と生い立ちで味方にしちゃったよ。もうみんな俺のことなんて眼中にない感じでちょっと腹立つ。いや元々ないか。


「ユーリ・ヘルメイスさん。貴女は家系的にもう合格でいいと思うんだけど、念のため魔力測定と戦闘試験は受けてもらうわね。一応、ウチの決まりだから」

「もちろん、そのつもりです!」

「えーとBL……じゃなかったビエル君だっけ?アンタはどうするの?どうせやっても無駄だと思うけど、試験受けるの?」

「と、当然です!」


 正直、ギルドへの加入に適性試験みたいなものがあるとは思っていなかった。入りたいと言えば入れるものだと軽く考えていた。


 まぁ、魔女の住処で何百回もラヴィと戦闘訓練してきた身としては、戦闘試験に関してはあまり問題ないんじゃないかと思っている。


 ただ魔力測定ってのはやったことないし、正直魔術はあまり得意ではないから、ちょっと自信がない。慣れてない魔術は力加減がよくわかんないんだよね。


 測定だから基準を超えればクリアになりそうだけど、果たして……。


「まぁいいけど。それじゃあ準備するから少し待ってね」


 そう言って、受付のお姉さんは奥の部屋へと消えていった。



◇◇ ◆ ◇◇

 


『おお~』


 受付のお姉さんが持ってきた魔力測定用の水晶に手をかざし、潜在的な魔力量と魔力の質を計っていたユーリちゃん。青く力強い輝きを放つ水晶の光に、ギルドメンバーから感嘆の声が漏れる。


「すごい才能ね。ご両親と一緒で水や氷系の魔法が得意みたい。魔力の総量もこれまでみたこともないほど、可能性に満ち溢れているわ」

「あ、ありがとうございます!」

「それに比べて彼は……」

「……」


 水晶は2つ持ってきてくれたので、実は俺も同時に魔力測定を行っていた。感覚でなんとなく魔力を込めていたが、俺の水晶に特段の変化は見られない。


 ちなみにこの水晶を使ったタイプの魔力測定がどういった類の才能を見分けるかについては、リゼリアばあちゃんの家にあった本で知識としては持っていた。


 潜在的な魔力総量の高い者ほど魔力を込めた時に水晶は強く輝く。輝度が高いほど素質があるとされている。また光の色合いで得意属性もわかる。ユーリちゃんは青だったから水や氷系が得意というのはさっき受付のお姉さんが言っていたとおり。基本的にはそういう変化が起こる。


 ただまれに、水晶が特異な変化を起こす場合もあるらしい。円錐になったり、結晶みたいにトケトゲしくなったり。そうなると測定不能。魔力総量や質はまったくわからない。ただ仮説によると、そのような反応が出た測定者はのちに錬金術が得意になる傾向にあるため、明確な論拠はないがそうであろうとだけ言われている。


 あ、これ全部自論じゃなくて本に書いてあったことだからね。


 やり方が間違っているのか、はたまた俺自身に魔力がないのか。いまだ水晶に変化はない。


 魔術は曲がりなりにも使えるんだから、魔力がないなんてことはないと思うんだけどなぁ。この水晶、壊れてるんじゃないの?


 ……ん?


「もういいわ。アンタ多分才能ないから、不合格ってことで……」

「あわわわ。なんだコレ」

「えっ?ちょ、ちょっと……はぁぁぁぁぁ??」


 俺の水晶がを起こし始めた。受付のおねぇさんが驚愕のあまり、とんでもないハスキーボイスで叫びだす。


 俺も自身の水晶の変質具合に思わず狼狽えてしまった。俺が魔力を込めた水晶は……なんかわかんないけど、全部になってしまったのだ。


 しかも……


「お、おい……アレ見ろ」

「あっ!砂金だ!!」

「俺がいただく!!」

「テメェコラ!!なに抜け駆けしてんだッ!!」


 俺が砂化した水晶の中にはどうやら砂金が混じっていたようで、そのお宝をめぐり、ギルドメンバーによる仁義なき争奪戦が今、繰り広げられようとしているのであった。

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