第9話 魔女の弟子

 あのあと、エルドラゴンはすぐに解体し、美味しく食べられる部位だけを小分けにした。内臓や必要のない肉は俺の火葬魔術で焼き払い、綺麗に弔ってやった。


 ユーリちゃんはオエオエ言いながらも器用に手を動かしてくれたので、時間はあまりかけずにエルドラゴンはいい感じの肉の詰め合わせにできた。これからお世話になるリゼリアばあちゃんのお弟子さんにいいお土産が出来て本当によかった。


「おお!これが異世界の街ってヤツかぁ!」

「はぁはぁ……い、異世界?」

「あ、いや。なんでもない。なんでもないです」


 俺たちが目指していた中堅都市ウォーレンは、ドラゴンと遭遇した地点からそう遠くはなかった。ユーリちゃんが歩いたら向かったら日が暮れると言っていたので、気持ち早めに歩いてガレスウッドをそのまま東へそのまま進んだら、すぐに街の入り口が見えた。日が暮れる前に街に到着出来てよかった。


 てか、ユーリちゃん。なんか息上がってる様子だけど、あんな程度の移動で疲れてたら冒険者になんかやれないよ?もっと体力つけなきゃ!


「それじゃ街に入ろっか!」

「はぁはぁ……は、はい!」


 【ようこそ!ウォーレンへ】の大看板を横目に、俺たちはそのまま街へ入った。すぐにメイン通りが目に飛び込んでくる。


 大通りには、軒を連ねる商店が色とりどりの看板を掲げ、通り全体が活気に満ちていた。果物屋では山盛りのリンゴやブドウが籠に盛られ、香ばしい香りが漂うパン屋には次々と人々が立ち寄っている。


 仕立て屋の店先には絹や麻の鮮やかな布地が風に揺れ、道端では香辛料を売る露店が異国の香りを漂わせている。通りを行き交う人々の笑い声や店主の威勢のいい呼び声が混ざり合い、雑踏がまるで音楽のように響いている。


 俺は異世界に来てからこの方、エンドフォレストとガレスウッドという森の事しか知らなかったので、今目の前に映っている光景には少し感動を覚えていた。


「ビエルさんは冒険者ギルドへ行く前に、[エリザの工房]ってお店に行きたいんでしたっけ?」

「あ、うん。そうだよ!」


 ユーリちゃんが慣れた様子で周囲を見渡し、俺の目的地である工房を探してくれているようだった。彼女はこの街に何度か来たことがあるようで、街の全体図はなんとなく頭に入っているとのこと。


 しばらくこの街でやっかいになると思うので、定宿じょうやどへは先に顔を出しておいたほうがいいだろう。お土産もあるし。


 リゼリアばあちゃんは俺が旅に出る前、弟子のエリザさんのところで寝泊まりすればよかろうと提案してくれた。


 段取りはつけてくれているはずなので、もうお弟子さんのところには一報くらいは入っているはず。冒険者ギルドに行くのはその後でいい。


 それに……


 ユーリちゃんもお金ないと思うから、どうせなら一緒に泊めてあげてくれないかという交渉もしなくちゃいけないしね。どちらも冒険者になるんだから、その方がお互いメリットもあると思うんだ。学院のことについてももっと教えてほしいし。


「……ああ。[エリザの工房]ならそこの細い路地を右に曲がって、少し真っすぐ進んだら正面に見えてくるはずだ。袋小路になっている場所だからわかりやすいよ」

「ありがとう、おじさん!」

「このリンゴ、とっても美味しいからひとつ買って……」

「道を教えてくれて、ありがとう!おじさん!!」


 俺がこれからの段取りを少し考えている間に、ユーリちゃんは果物屋の店主に工房の場所を聞いていた。明らかに商売をしようとしていた店主を尻目に、そそくさと俺の元に戻って来た。


 金が無いとは言え、ユーリちゃんの1ミリも悪びれないあの態度は普通に凄いなって思う。いい意味でも、悪い意味でも。


「ビエルさん!工房、あっちみたいですよ!」

「あ、ああ」


 ゴメンね、果物屋のおじさん!

 冒険者になって稼いだら、必ず篭盛り買いに行くから!

 

「あった」


 言われた通り進んで行くと、路地の奥に怪しい雰囲気をプンプン漂わせた、古びた木造の建物があった。傍目でも少し傾いているのが確認できる。


「な、なんかすっごい歴史のある建物ですね……」

「歴史、ねぇ……。ボロいだけでしょ」

「ビエルさん。一応エリザさんっていう錬金術師の人が住んでらっしゃるんですから、いきなりそんな失礼な事言っちゃだめですよ!」


 そう。エリザさんは錬金術師らしい。


 リゼリアばあちゃんの弟子だっていうからてっきり魔術師なのかと思ったが、魔女が言うには、工房で売れない魔術具を造ったり売ったりして切り盛りしているとのこと。


 なんか経緯ありそうだけど、とりあえず……



 コンコン



「こんにちは~!リゼリアばぁちゃんのところから来たビエルですけど、エリザさんいますかー」


 呼び鈴がなかったので、年季の入った扉を二度軽くノックし、大きな声でエリザさんを呼んでみた。扉には[CLOSE]の札がかかっていたので、店はもう閉まっちゃってるのだろう。まだ夕方だけど。


「エリザさーん!!」


 出かけちゃっていないのかな?でもなんとなくいる気配はするんだけどなぁ。まさか……居留守!?もしかして受信料の徴収かなんかと勘違いしてる!?


 それは困るんだけど……


 よし、無理矢理入ろう!

 鍵は壊れるだろうけど、魔術でちゃちゃっと直せば問題ないっしょ!


「……あの、ビエルさん。一体なにをしてるんですか?」

「えっ?いや、多分居留守使ってるだけだと思うから、扉開けようかと思って」

「鍵、かかってます、よ?」

「うん。わかってる。えい!」



 バキィィィィ!!

 バキバキバキィィィ!!



 あっ。


 な、なんて柔い鍵なんだ!ほとんど力入れてないのにすぐ壊れちゃった!

 ま、まぁ後で直せば問題ない、よね??


「うぉぉぉいぃぃぃ!!誰だ鍵こじ開けたヤツはぁ!!カチコミかぁ!?」


 カギを壊した勢いで扉も盛大に破壊してしまった俺。さすがに気づく店主。


 中を望むと、普通に店の商品を陳列する薄着の……薄着、いや下着姿の色っぽい巨乳おねぇさんが……


「おっ!君はもしかして、魔女のばばぁが言ってたビエルか?」

「あ、えっと。エリザさん……ですか?って、ぶふぉう!」


 片付かない店内の備品をなぎ倒しながら、エリザさんは俺に走り寄り、いきなり抱き着いてきた!少年の精神を破壊する凶悪なスイカを二つ、俺の顔に押し付けながら。


 てかなんで下着姿で店の中うろついてるんだよー!今日そんなに暑くないよ?


「いいオトコじゃないかぁ!いらっしゃいビエル、待ってたよ!」

「ち、ちょっと!なに色目使って少年騙そうとしてるんですか、エロおばさん!犯罪ですよ、それ!」

「ん?なんだこの小便臭いメスガキは」


 ユーリちゃんがこの店を定宿じょうやどにするのは難しいかもしれない。

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