山を背負う者

 フダラク山国連邦を構成する山国の一つ、ヒオウ山国が山都ナナガイ。


 山名の由来になったくれないのミネザクラが咲き乱れる様から、〈フダラクの珊瑚さんご〉とまで呼ばれたうるわしの山都は、今や跡形もなかった。


 ヒオウ山の半分を吹き飛ばす噴火、それにともなう山津波に飲み込まれてしまったのである。かつての繁栄の証は、灰色の土砂上に散らばる建物の残骸のみだ。


『姫、お応え下され、サワラ姫!』


 そう叫びながら、素手で土砂を掘り続ける彼の姿は、他人の目には狂人としか映らぬであろう。自覚はしている。何せナナガイがこの姿になってから、既に三日が経過しているのだ。仮にこの下にサワラが埋まっていたとしても、返事などあるはずもない。


 空がくもり、雨粒がぽつぽつと降り始め、やがて驟雨しょううが背を打つに至っても、彼は掘り続ける手を止められない。土砂に雨水が染み込めば、二回目の山津波が起きかねないと解っていても。


(拙者がおそばに居れば、姫を守れたか──否)


 自分など、居ても居なくても同じだった。山の怒りの前では、血のにじむような修行で鍛えた拳も、何の役にも立たなかったに違いない。


 すなわち、おのれの生は無意味だった。


 処理しきれぬ激情は、絶叫となってほとばしり──。


 ──そして、十年の月日が流れた。


 *


 アヴァロキア聖王国の旅道にて。


「【聖剣破眼光ソード・フラッシュ】っ!」

「グゲェッ!?」


 若き騎士、デュライス・リムロットの片手半剣バスタードソードまばゆい閃光を放ち、旅道に群がるゴブリンどもの眼をいた。アヴァロキアの騎士たちに伝わる闘技、アヴァロキア流聖剣技だ。


 すかさず、デュライスはゴブリンの群れに切り込み──。


「どりゃあああ!」


 奴らの頭をねて刎ねて刎ねまくる。グズグズしてはいられない。先程の技は発動に長い集中時間を要する。そのため、乱戦になってからの再使用は難しい。ゴブリンどもが視力を取り戻す前に、一匹でも数を減らしておかねば。


 だが──ひゅんっ! ゴブリンの一匹が破れかぶれに放った矢が、不幸にも彼を射線上にとらえた。時間が、意識が、大幅に引き伸ばされる。


(やべ──!)


 忘れていた、ゴブリンが仲間への誤射など恐れないことを。小さな矢でも、毒が塗られていれば命に関わる。あわや、よわい十七にして走馬灯が見えかけた、その時。


 デュライスの溝付甲冑フリューテッドアーマーの胸元が輝き、光の女神セリアーザの聖印が浮かび──。


「ギャブッ!?」


 矢はデュライスの代わりに、ゴブリンの別個体に命中した。戻らぬ視力でウロウロしていたら、射線上に割り込んでしまったのだ。偶然ではない、彼女がほどこしておいてくれた祈願術【一度きりの加護ワンオフ・ブレス】の効力だ。


「デュライス、気を付けて!」


 後方で待機中の愛馬ブライトウィン──相乗りに最適な地獣タキャクウマ──の背上から、可憐な女性司祭イリリカが声援を送る。彼女を聖都ヴァルドまで送り届けることが、デュライスの当面の任務だ。命に替えても果たすと、密かに誓った程度には重要な。


 だからこそ。


「解ってるっ!」


 つい、ぶっきらぼうに応えてしまう。イリリカに感謝はしていても、不甲斐ふがいなさが先行してしまうのだろう。守護騎士ともあろう者が、護衛対象に助けられてどうする、と。それはイリリカも察しているから、むくれたりなどしないが。


女子おなごに頼もしいと思われたい、か。若いのう)


 少年の葛藤かっとうなどあっさり見通して、は密かに苦笑した。


 旅道にゴブリンどものむくろが散らばっている。このままデュライスが押し切るかに思われたが──。


「グエーッ、ゴルガムゲッ!」


 ねじくれた杖を手にしたゴブリンが、杖の先端で地面を打ち鳴らす。どんどどどん、と明らかに規則性のある拍子で。その振動は信号となって、大地の内部に伝わり──。


「きゃっ」


 イリリカが小さく悲鳴を上げる。ブライトウィンが素早く前に跳ねたのだ。デュライスに言われていた通り、ちゃんと手綱たづなを握っていたので、落馬はせずに済んだが。


 一瞬前までブライトウィンが立っていた地面が、ぼこりと陥没かんぼつし──。


「しゃあああっ!」

 

 開いた穴から地獣キバミミズがおどり上がる。見えている部分だけでも5メトを超えている。もっと小さな同族は畑の働き者だが、こいつは人間を地中に引きずり込んで食べる魔獣だ。あのゴブリンは獣類どうぶつ使いだったらしい。


 ブライトウィンの野生の勘で不意打ちこそまぬがれたものの、ゴブリンとキバミミズの挟み撃ちだ。デュライスは思わず身をひるがえして、イリリカの元に駆け付けたくなったが。


「焦るなデュライス、お主はゴブリンどもに専念せよ!」

「あ、ああ!」


 殿しんがりを守っていた人物にいさめられ、思い留まる。ゴブリンどもが挟み撃ちを狙っていることは、とっくに見破っていた。何せ、狡猾こうかつなはずの奴らが、旅道の真ん中で堂々と立ちふさがっていたのだ。だからこそ、彼をイリリカの側に残しておいた。


「そっちは任せたぞ、カイゼツ!」


 筋骨隆々りゅうりゅうの偉丈夫である。三十代半ばぐらいに見えるが、ぼうぼうのひげ所為せいで老けて見えている可能性もある。革帯と獣骨を組み合わせたゴツゴツした服装は、おそらく山身合一さんしんごういつ拳技の武闘着──フダラク山国連邦に伝わる闘技の使い手、その証だ。


 武器の類は装備していないようだが──否、彼は肉体そのものが武器だ。


「神すさび、天を染めゆく、山の火や──」


 カイゼツは手甲に覆った拳を構えつつ、何やら詩のようなものを呟いている。山国連邦独自の短詩である五七句だ。噴火の凄まじさをんだものか。戦いの最中に悠長な──と非難する者は、少なくともこの場には居ない。


 セリヴェルドは物語が力になる世界であり、言葉はそれを引き出す手段だから。


「しゃぎいいぃぃっ!」


 キバミミズが桃色の濁流と化し、うねる軌道でカイゼツに襲い掛かる。短剣のような牙が並ぶ大口を、彼は身をひねるだけで避ける。あと数センティずれていたら、顔を削られていたところだ。敵の攻撃を避けはしても、。敵を拳の射程距離に誘い込み、確実に仕留める為に。


 攻防一体こそ、山身合一拳技の基礎にして奥義。頭では解っていても、体に覚えさせるには、幾多の死線を潜る必要があろう。


「【フダラク紅蓮ぐれん拳】!」


 技名の宣言と共に、カイゼツの拳が文字通り火を噴いた。それはキバミミズの横っ腹にめり込み、全身をくの字に折り曲げさせる──のみならず。


「じゃげえぇぇぇっ!?」


 またたく間に全身を炎に包まれ、キバミミズがおぞましい咆哮ほうこうを上げる。皮膚ひふから分泌ぶんぴつしている油に引火したのだ。すべりを良くして、地中を素早く移動する為なのだが、カイゼツはその性質を逆手に取ったのだ。


「ゲグダ、ゲグマンダ!?」


 ゴブリンの獣類使いがゴブリン語でわめく。「何だ、何が起きた!?」といった意味だろうか──デュライスに首を刎ねられ、強制的に中断されたが。


 やがて、黒焦げのキバミミズが旅道にぐったり横たわる頃には、デュライスも粗方あらかたゴブリンどもの掃討を終えていた。


 *


「助かったぜ、カイゼツ!」


 意地っ張りデュライスも、彼には素直に礼が言えるらしい。苦笑しつつイリリカに目配せする。


「何、仲間なら助け合うのは当然だ。のう、イリリカ?」

「ウフフ、そうですね」

「あ~、その~、悪かったよ」

「あら、どうして謝るんですか、デュライス?」

「何となくっ!」


 ブライトウィンがぶるぶると首を振る。「やれやれ」と言いたげに。


 デュライスとイリリカ(とブライトウィン)の旅に、カイゼツが加わったのはまだ数日前だ。二人が巨大なオーガーに襲われているところに、助太刀すけだちに入ったのが切っ掛けだった。


 二人が聖都を目指す理由は、カイゼツも詳しくは知らない。えて尋ねていない。ただ、のっぴきならない事情があるのは確かだろう。騎士と聖職者とは言え、どちらもまだ十代の少年少女である。


 カイゼツが当座の同行を申し出ると、二人とも喜んで受け入れてくれた。口にこそ出さなかったが、デュライスは一人でイリリカを守り続けることに限界を感じていたようだし、イリリカはイリリカで己の守護騎士への負担を申し訳なく思っているようだった。彼の同行は渡りに船だったろう。


『でも、カイゼツさんはよろしいのですか? ご自身の旅の目的は──』

『何、目的と呼べる程の目的はない。根無し草の傭兵稼業だ』


 ということにしておいた。全くの嘘でもない──旅の目的どころか生きる目的すらない、という点以外は。


 切り取ったゴブリンどもの耳と、キバミミズの肝を保存袋に収め──冒険者ギルドで換金するためだ──、旅を再会する。三人居れば道中の会話も賑やかだ。


「いやあ、カイゼツは凄いよなぁ~。素手で戦うってだけでも、訳が解らんのに」


 同じ戦士として、デュライスは山身合一拳技に興味津々のようだ。アヴァロキアでは素手の闘技は珍しいので尚更なおさらだろう。


「あの燃える拳撃パンチはどうやるんだ?」

「うむ──簡単に言えば、山の伝説構造テンプレートを利用するのだ」


 フダラク山脈の山々は、その全てが火山である。温泉や鉱物といった恵みと同時に、噴火という災厄ももたらす。そんな山々と共に生きる山国連邦の人々は、山に幾重にも神秘の紗幕ヴェールまとわせ、その内部に伝説をはぐくんできた。


 多くの人々によって、世代を越えて語り継がれる伝説は、真智界アエティール言霊ことだまの情報構造体──伝説構造を形成する。形成された伝説構造は、配役や状況を変えつつ物質界プレーンに繰り返し己を投影する。そして、投影された事象はさらなる伝説を生み──。


 という具合に、セリヴェルドの伝説は虚実の境界を越えて、大いなる循環じゅんかんを描いている。歴史をも左右してきたこの力を、己の為に利用することは可能か?


 その答えの一つが山身合一拳技だ。かつては山国ごとに流派が分かれていたが、〈黎明れいめいの五勇者〉の一人である〈赤の拳豪〉ライゲンによって現在の形にまとめられた。


「拳士は山にこもり、武器という人の概念を捨て、己の肉体のみで生きる術を学ぶ。同時に、五七句を詠み、山の美をたたえる──身も心も山と一体化し、その伝説を拳に込める為に」


 山身合一拳技は元々、不変の象徴たる山を真似て、不老不死を得る目的で始まったという俗説もある。連邦人の祖先が『不老不死の秘法探しを命じられ、別大陸の帝国から派遣された使者だった』という伝説を根拠にしているのだろうが、本気で信じる者は少ない。


 閑話休題それはともかく


「先程の【フダラク紅蓮拳】は、フダラク山の噴火を再現する技よ。地を火の海へと変え、空を灰の雲で閉ざしたという、伝説でうわわれる噴火をな」


 フダラク山は山国連邦の盟主、フダラク山国の崇山すうざん──象徴と信仰対象を兼ねた概念──である。加えて、フダラク山脈の最高峰であり、代名詞とも言える山だ。関係する伝説も多く、山身合一拳技でも頻繁ひんぱんに用いられる。


「なるほど、原理は聖剣技や祈願術と同じか」


 聖剣技はライゲンの盟友だった〈白の聖騎士〉アヴァロクの剣技を、祈願術はセリアーザ教団の聖典に記された奇跡を、どちらも伝説構造と呼応して再現する闘技であり魔術だ。国が違えど、人の考えることは同じと言うべきか。


「他にはどんな技があるんだ?」

「そうだな──」


 カイゼツはあかね色に染まる地平線を見つめた。上天には既に夜のとばりが降り始めている。生憎あいにく、近くに旅宿の明かりは見えない。


「今晩はここで野営かの」

「え? あ、ああ、そうだな」

「ふむ、では──山の宿、紅葉一片もみじひとひら、湯の水面みなも


 カイゼツは旅道を外れ、五七句を詠む。温泉の豊富さで知られる、ユガラ山国での旅情を詠んだものだ。


 腰を落としつつ、拳を振り上げ──。


「【ユガラ爆泉拳】!」

「うわっ!?」


 カイゼツが大地に正拳突きを入れると、岩場のくぼみから湯が間欠泉のごとく吹き出す。本来はこれで敵を弾き飛ばし、火傷を負わせる技だが、今回は丁度良い湯加減に調整してある。


 窪みはたちまち湯で満たされた。


「二人共、戦いで疲れたであろう。夕餉ゆうげの前に一風呂どうだ」


 大喜びの二人にカイゼツも眼を細めつつ、胸奥でうずく痛みを感じていた。


(温泉か──サワラ姫のご湯治にお供したのは、さて何時いつのことだったかな)


 *


 旅の危険は、闇の種族や人食いの獣類ばかりではない。


 例えば、巨大な岩が坂道を転がり落ちてくることもある。このように。


「どわあああ!?」

「きゃあああ!?」

「ぬう!?」


 坂道は左右を崖に挟まれており、逃げるには戻るしかない。デュライスは慌ててブライトウィンを転身させるが、馬は下り坂ではかえって速度が出せない。イリリカを相乗りさせていては尚更だ。


「【一度きりの加護】で何とかなるか!?」

「無理ですよ~! あの術は″起きても不自然ではない″偶然を招くだけなんですからぁ」


 確かに、あの岩を止めるには、偶然ではなく奇跡が必要だろう。


(ならば──)


「カイゼツ、俺たちに構わず逃げ──お、おい!?」


 デュライスが愕然がくぜんとする。その場に踏み止まり、迫り来る岩に対峙たいじするカイゼツの背を見て。


(使わねばならぬか、あの技を──)


 かつては得意技だった。だが、あれ以来は一度も使っていない。思い出してしまうのが怖くて。だが、今はそうも言っていられない。


緋桜ひざくらや、ちぎりもろとも、夢と散る──」


 案の定、五七句を詠み始めた途端、十年前の己の叫びが聞こえてきた──姫、お応え下され、サワラ姫──!


 何故なぜ、火山の傍に住むのか? 他国人が山国連邦にしばしば抱く疑問である。いかに様々な恩恵があるとは言え、噴火が怖くないのか?


 連邦人の答えは『山起しの儀がある故、必要以上には恐れぬ』だ──そのはずだった。


 伝説は語る。フダラク山の地下には〈聖火竜〉フレズニルと〈魔火竜〉イグバルジャが住まう。両者の睨み合いは膨大な″火″の言霊を蓄積させ、いずれ大陸全土を壊滅させるような噴火を起こす、と。


 それを防ぐ為に連邦人が編み出したのが、山起しの儀と呼ばれる魔術儀式だ。簡単に言えば、山脈の他の山々を適度に噴火させ、フダラク山の地下に蓄積した″火″の言霊を放出させるのだ。フダラク以外の山国は、これら通気口の山々を崇山としている。


 儀式の詳細はフダラク山長家とその分家筋──各山国の山長家に秘伝され、およそ十年おきに回り持ちで実施されてきた。その年はヒオウ山長家の番であり、山長の娘サワラも参加することになった。


 ヒオウ・サワラ──。


 カラスれ羽色の髪と、新雪のように白い肌から、〈墨画すみえの桜〉と綽名あだなされた美姫。下々の者にも分け隔てなく優しく、鳥琴や扇舞に秀でた風流人でもあった。


 カイゼツにとっては主君の娘であり、我が身に代えてでも守るべき存在であり、そして──密かにしたい合う関係でもあった。


 無論、カイゼツとて解っていた。身分違いの恋だとは。山長家の娘は山国連邦の結束の為に、他の山長家に嫁ぐのが習わしだ。それまで傍に居られるだけで十分だった。


 だと言うのに。


『肝心な時にお傍におれず、申し訳ございませぬ』

『いいのですよ、お国の為ですもの。お互いにね』


 儀式の当日、カイゼツはナナガイを離れなければならなかった。隣国のダキニ山国が不穏な動きを見せていると、砦の守りを命じられてしまったのである──今思えば、二人の仲を怪しんだ山長あたりが、引き離す口実にしたのかもしれない。


 カイゼツがナナガイをつ前日、二人は満開のミネザクラの樹の下で再会を誓った。


『ねえカイゼツ、任務から戻ったら──』

『何でございましょう、姫?』

『──いえ、来年もお花見に付き合って下さいね』


 あの時サワラは、本当は何と言おうとしたのだろう。結局、それは永遠の謎になってしまった。カイゼツが砦に到着した直後、有り得ぬ凶報が飛び込んできた。


 山起しの儀失敗、ヒオウ山崩壊、山津波ナナガイを襲う。


 任務も何もかも投げ捨て、三日に渡って駆けに駆けて──カイゼツがようやく帰還した時には、全てが終わっていた。ナナガイとヒオウ山の間には迂炎道うえんどう──溶岩をらす為の掘──が築かれていたのだが、山津波はそれすら越えて襲い掛かったのだ。


 山起しの儀が失敗した理由は、山学師たちも未だに突き止めていない。人が山のいとなみを制御するなど、元より無理だったのかもしれない。いずれにせよ、カイゼツは生きる目的を失った。


 彼は祖国を捨て、傭兵に身をやつし、死に場所を求めて彷徨さまよった。一刻も早くサワラの元へ行きたかった。なのに、いつも生き残ってしまう。己の強さが恨めしかった──愛する人を守る役には立たなかった、中途半端な強さが。


 天罰なのだと思っていた、身の程知らずの恋をした自分への。


 だが──。


 *


(そうではなかったのかもしれぬ)


 デュライスとイリリカに出会い、見守り続ける内に、いつしかカイゼツは願い始めていた。かつての自分のように──。


 イリリカの骸を抱えて、守れなくてすまないと慟哭どうこくするデュライス。デュライスの骸にすがって、私の所為でごめんなさいと懺悔ざんげするイリリカ。


 そのような結末は──!


(セリアーザが許そうとも、拙者は許さぬ!)


「【ヒオウ散華さんげ拳】!」


 技名の宣言と共に、カイゼツは迫り来る岩に掌底しょうていを繰り出す。微細な、しかし内部にまで浸透する振動波が、岩を構成する″地″の言霊に干渉し──。


 無数の花弁はなびら状の破片に分解した!


 季節外れの桜吹雪に、目を丸くするデュライスとイリリカ。しかし、当のカイゼツの内心は複雑だった。


(ミネザクラ──もう一度、姫のお供で見たかった)


 そう、【ヒオウ散華拳】はヒオウ山の伝説構造と呼応することで、その象徴たるミネザクラの散りぎわを再現する技だ。カイゼツが使う気になれなかったのも、むべなるかな。自分から全てを奪った、憎い山の力を借りる技など。


 ──これまでは。


 カイゼツの足元に、花弁状になった岩の破片が降り積もっていく。本物の花弁ではないので、そのような不自然な形状は長く保てない。パリパリとひび割れ、砂粒になって散っていく。


 今、ようやく風化し始めた、カイゼツの悲しみと絶望そのままに。


(申し訳ありませぬ、姫。お傍に参るのは、しばしお待ちを)


 自分の物語には続きがあった。デュライスとイリリカ、この若者たちを聖都へ送り届けなくては。その為になら──。


(憎い山さえ利用してやろう)


 山を背負い、山と生きる。いつか山に肉体を還す、その日まで。


「こんな技が使えるなら無敵じゃんか! カリュウモドキだって一撃だろ!?」


 興奮するデュライスの背後で、イリリカが気遣きづかわしげな顔をしている。聡明な彼女のことだ、カイゼツの表情から何かを察したのかもしれない。彼はどうにかとぼけた顔をしてみせる。


生憎あいにくだが、この技は物にしか効かん。このような状況では便利だがな」

「う~ん、そっかぁ」

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