第92話

柔らかな仕草で目の前に立つと、軽く微笑む。


まるで待ち望んでいたとばかりに、周囲に見せつけていくその抜かりなき表情に、今にも怯みそうになった。



「遅かったですね、ナツキにも言っていたのに」


「あ……車が混んでいて……」


「そうでしたか、無事に着いたならよかった。どうぞ、案内しましょう」



そのまま流れるように手を差し出される。迷う暇もなく「はい」と頷いて、すぐに手を握った。


そうだ。ナツキさんは、と思って振り返ろうとした時、



「じゃあ、警備関連見てくるから、また後でね。〝綾人くん〟よろしくお願いします」



先に言われて、はっとしながら振り返る。ナツキさんはすでに背中を向けていた。


思えばナツキさんは、あたしと八神さんが一緒にいる時は極力離れようとする。


気を遣っているのか、第三者を徹底しているのか。


助けを求めようとも、手の届かないところからじっと観察するように、眺めているようにも思える。



「行きましょうか」



はっとして八神さんの方へ顔を向ければ、彼が何事もなかったかのように微笑んでいる。


その声は仄かに黒ずんだような気がしたのに。

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