第91話

ナツキさんの言葉に合わせて、今朝の八神さんを思い出す。


機嫌が悪そうだったわけではないけれど、なんだかおかしかったような気もする。


八神さんは何故、今朝……あたしから目を逸らしたのだろう。




エレベーターで移動して、今度は四十階へ辿り着く。


会場の中には、何人か従業員ではなさそうな大人の人たちがいて、思わず首を傾げてしまった。



「そこそこの会社の人らは、明日のパーティーに参加できても、挨拶できるかもわからないからさ。こうやって、前日に媚び売りに来てんだよ」



ナツキさんがぼそりと言う。



「相手が息子だろうとね」



周りを見回し、一際大人に囲まれたその人を見つけた時、再び緊張で背筋を伸ばした。


無意識に手汗が滲み、表情筋が少しだけ強張ってしまう。




不意に、その人がこちらに気づいて、周りの人に軽く挨拶をする。



完璧な振る舞い。


理想通りの佇まい。



ただの下見だと思っていたのに、そんな時でも気を抜かず。


彼は、周囲が期待する人間をこなしていた。


一歩、一歩、その長い足がこちらに動く度、あたしの心音が大きくなる。


緊張が増していた。



「小宵さん」



苗字ではなく、名前を呼ばれる。


ここでは〝そういう形〟で過ごさなくてはいけないらしい。


あたしはすぐさま頭を下げて、「お待たせしました、綾人さん」と言いつけ通り、彼の名前を呼んだ。

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