第79話

深く下げた頭を上げて、顔を合わせると彼は少し目を眇めた。



そして、目のすぐ下を指の甲で掬うように撫でられる。


びっくりして後退りをして顔を上げると、八神さんは何か言いかけるように口を開いて、そうして閉じる。


すぐに昨日のことが頭の中で明滅した。



忘れてしまいたいのに、酷く、



―――愛を、



色濃く、



―――教えてくれるんだろう。



思い出してしまう。




視線が泳ぎそうになるのを我慢して、そうして無意識に唇を噛んでしまう。そんなあたしから彼は一度、目を背けると「リストはもう覚えたのか」と静かに言葉を続けた。



「……っあ、その、あと少し、で」


「今日中に、段取りも含めて全て頭に入れておけ」


「わかりました……」



あたしも俯くようにして顔を逸らし、従順に答えていく。なんだか、妙な空気感だった。



「昼には一度、会場を下見に行く。支度をしたら、ナツキに言え」


「は、はい……」



頷いて、そうして次に何を言われるのか待っていると、彼はそのまま私の横を通り過ぎて、歩いて行く。



何か、もっと責められるようなことを言われるかと思っていた。


気づけばあたしは、彼にとって鼻につくような行動ばかりをとってしまうから。

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