第78話

朝は……好きだけど、好きじゃない。


明日がくることを、あたしは心のどこかで拒んでいる。





窓の外を見ながら歩いていたせいで、前から歩いてくるその陰に気づくことが遅れてしまった。


近くで足音を感じてはっと前を見ると、昨日の〝あの出来事〟から顔を合わせていなかったその人がいた。




別邸にはいないものだと思っていた。


家の方に帰ったものかと思っていた、のに。



なんで、こんな朝早くに……。


思わず立ち止まり、挨拶すら忘れてしまう。


言葉が見つからず、咄嗟に後退りしそうになったあたしの前に立って、「人の顔を」とその口が動いた。


立ち眩みがして、一瞬ふらついたあたしの身体を引き寄せるようにその手が腰に回った。身体を支えられて目を見張る。


思わず、その身体を押そうとしたあたしを彼は冷めた目で見下ろした。


窓から零れる、まだまだ青白さを孕ませた陽光が、彼の柔からな髪に輪郭を持たせる。




「随分な態度で見るんだな」


「っ、や、がみさ……」


「挨拶もままならないとは、明日を考えると頭が痛い」



腰から手が離れた瞬間、あたしは選択を誤ったのかもしれないと急いで頭を下げた。





「す、みま、せん……っそんな、つもり、はなく……」


「そんなつもり、とは自覚があったのに、不遜な態度をとるのか」


「ち、違うんです……あた、し」



違う、なんて言葉、この人には本来言ってはいけないのに。


何を言っても言い訳だというのに。


あたしは心の中で反省しながら、「ご、ごめんなさい」と今一度頭を下げた。



「おはようございます、八神さん……」

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