第72話
その時、春明さんはたまたま書斎にいて、伊吹は眠ってしまっているようだった。
急いで駆けて、水を届ける。けれど、ベッドから降りようとしていたのだろうか。
飾利さんが床の上で倒れている姿を見た時、母の最期と重なって、あたしは持っていたグラスをそのまま床に落とした。
その音で、伊吹が目を覚ます。
「お母さん!?おかあさん!!おかあさん!!!」
大きな声で呼ぶ。声をかけて、揺らしても飾利さんは目を覚まさなかった。
「っは、は、」と呼吸が浅くなる。涙が勝手にぼろぼろと落ちていく。
「母さんっ!!!」
伊吹が、これまでにないくらい大きな声で飾利さんへ声をかけた。あたしたちの声で、建物中の大人たちがこの部屋に集まった。
駆けつけた春明さんが、飾利さんの身体を抱き上げる。救急車に運ばれていく姿を見た時、あたしの意識がぷつりと切れたような気がした。
記憶がぐちゃぐちゃになっていく。
『小宵。あなたが関わると、ろくにならないのよ』
そう〝母〟が嘲笑っているような気がした。
疫病神、と言われても、仕方なかった。
あたしのせいで。あたしが、関わったから。
「伊吹、小宵、大事な話がある」
春明さんに呼ばれたとき、景色がぐらぐらと揺れて何もかもを吐き出しそうだった。
「飾利……お母さんが」
足元が覚束ない。立っているのもやっとだった。
春明さんの今にも崩れてしまいそうな弱弱しい表情が、全てを物語っていた。
ぽろぽろと、目から涙が落ちる。
伊吹も、ひとつ、涙を落とした。
「―――」
あの晩、飾利さんは、なくなった。
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