第68話

誰も知らないし、見てもいない。


まるで大切な箱に鍵をかけてしっかり仕舞っておくように。


彼はじっと、目に焼き付けるようにその花を眺めていた。






暫くして、あたしたちを探していた大人に見つかった。


抵抗をする気はなかったけれど、もう少し、この子との時間を過ごしていたかったような気もした。




「水波のご令嬢が、まさか」


「八神様に目をつけられたらお終いだぞ……」



ぶつぶつと、呆れたように告げる大人たちについていく。


彼は後ろで、「みなみ……」となぞるように呟き、そうして、別れ際に何か言いたげだったけれど、彼自身の兄や父親に連れられて、ろくな挨拶も出来ぬまま行ってしまった。



あたしも、春明さんや伊吹の後ろについてその場所を後にした。


あたしがあの子と過ごしていた、あの時間。


春明さんがいろんな人たちに謝罪して回ったと知った時、あたしはやっぱりここへ来るべきじゃなかったと思った。


いろんなことに後悔はしたけれど、あの男の子があたしに感謝したときの、あの目を思い出すと不思議と彼を庇ったことだけは間違っていた気がしなかった。







また、いつか会ってみたい。あの子に。


あまりに印象的だったはずのこの出来事は、


ずっと忘れずに、心の中に残っていくと思っていた。


この時までは。

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