第58話
ようやく目が見えて、一瞬だけ、手が強張った。
じ、と真っすぐにこちらを見るその目の色が珍しく、そして宝石のように綺麗な色をしていて驚いてしまったからだ。
けれど、動揺をしても仕方ない。
「……それじゃあ、いきましょう」
なんちゃってご令嬢らしく、あたしは彼の手を引き上げた。
あまり長居していられない。今は誰も引き止めないでほしい。
もっとちゃんと、安全な場所に行った方がいい。彼も、あたしも。
伊吹と目が合いそうになって、あたしはすぐに逸らした。
今、この瞬間だけは、関わったらダメだ。
伊吹は、ちゃんとした子なんだ。あたしのせいで評判を落としてはダメだ。
巻き込んだら、それこそあたしは自分に後悔する。
何でもない顔で彼の手を引こう。そう思って顔を上げた時、さっきの男の人の息子、だろう。
その彼とも目が合った。
さっきまで大財閥のご子息らしく、周りへの気配りや自分自身の見え方も、全てが計算しつくされたように完璧な立ち振る舞いをしていたのに。
今の姿はどこか不意を突かれたように、困惑に満ちていた。
あたしは彼に対して、何をしたわけでもない、はずなのに。
どうして、そんな、そんな目をしてあたしを見ているのだろう。
驚きと困惑の中に、まるで、得体の知れないものでも見るかのような、何か大切なものを壊されてしまったかのような、そんな形容し難い目であたしを見ていた。
迷惑を掛けられたから、軽蔑しているのだろうか。何にせよ、彼の気分を害したことには変わりなかった。
あたしは深く頭を下げて、そのまま男の子の手を引いてその場を後にした。
とんでもないことをしたのだと思いながらも、その手は離せなかった。
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