第57話

はっとする。急いでそちらを見て彼の兄が彼の腕を掴む前に、あたしは「ぁ、あー!」と白々しく口を開いた。


いきなり声を上げたあたしに彼の兄も彼も、思わずこちらに顔を向ける。



「よ、汚れちゃったな……着替えないと……」


ちら、とその子の方を見る。


きっとこちらを見ているだろうに、その黒髪は彼の目を隠すようにさらりと目元にかかっていて、視線の先がわからない。


それでもこちらを見てくれていることを信じて、


「あの、いっしょに、きてくれませんか?」


少し屈んで手を差し出す。



あたしの下手くそな演技に、地べたに座り込んだままの彼は驚いたように口を開きかけて、それから俯くように考えていた。


そう簡単に手を取ってくれるわけがない。わかっていたけれど、次の手段がすぐには思いつかなかった。


すると、すぐに彼の兄が「申し訳ありませんが弟は、」とあたしに断りを入れようと強く切り出した。




刹那、あたしの手を男の子が先に握る。


多分、床をずっと触っていたからだろう。少し冷たい手だった。


申し訳なさそうに少しだけ頷いてから、あたしを見上げる。

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