第56話
頷くことさえもできない。でも、ここで目を逸らしたらダメだと思った。
だからその人が顔を背けるまでただただじっと見つめ返した。
正直な話、恐怖でそれしか出来なかった。
なのに、その人は少しだけ不愉快そうにこめかみを動かす。
そしてすぐ、その苛立ちを掻き消すように上品な笑みを浮かべて、周りを見回した。
「さあ、皆さん。せっかくの楽しい時間ですから引き続きご歓談をお楽しみください。私はちょっと席を外します」
その人が動き出し、ようやく周りにざわめきが戻る。
その中では「あの子、自分が何をしたかわかっているのかしら」「八神様に盾を突くだなんて信じられませんわ」「立場がわかっていないのね」と次々と非難の声が飛び交っていた。
汚れてしまった服を指で摘まんだ。春明さんたちに何と言い訳をしよう。
怒られるだけじゃすまない。
あの男の人がどれだけ偉い人か、子供のあたしでもわかる。
下手したら、家を追い出されるかも知れない。
それほどのことをした。
だってあたしのせいで、きっと。
「……おい」
すると、床に手をついたままの男の子に向かって、彼の兄がやけに低い音で口を開いた。
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