第55話

足が震えているあたしを、その人は暫く見下ろしたあとふっと口元を緩めた。



「これでは、私が悪者扱いだな」



大人の人の笑顔が、こんなにも怖いと思ったのは初めの事だった。


悪者だなんて、そんなつもりはなかった。これっぽっちも。


ただ、助けてあげたいと思っただけだ。


誰も手を伸ばさないから。


まるで一人ぼっちのその姿が、あたしと重なったから。


ただ、それだけで。



「っぁ……」


口を開いた。いや、もっと口を開こうとした。


でも、思ったよりも声が出ない。あたしは自分が思っているよりも委縮していた。


口は、ただ動くばかりで役には立たなかった。



そんな中、その人は「君は確か」とゆっくりとその目を細くした。


まるで頭の天辺から足の爪先まで、全てを見定めていくように。



「〝水波の娘さん〟だったかな」



ついに、認識されてしまった。


思わず息を呑む。


別に春明さんや、伊吹や、飾利さんたちに迷惑をかけるつもりも、巻き込むつもりもなかった。



本当に、ただ。



「……果敢な娘さんだ、覚えておこう」



この理不尽な状況で、誰も助けてくれる人がいないこの状況で。


誰か一人でも彼に味方がいればいいと思っただけの、話だった。

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