第54話

立場が弱いものを、平気で見捨てていく。


この世界はそれが普通なのかもしれない。だからあたしの行動は死ぬほどバカな行いなのかもしれない。



「あたし、見てたんです。この子は、ぶつかられただけなんです、あんなに強くぶかってきたら、飲み物もこぼしてしまうと思います」


「……君は、自分の恰好をちゃんと見たかな?その服、とてもじゃないが酷いことになっている」


「かまいません、服は汚れたら洗えばいいだけです」



服は洗って、落とせばいい。



でも、洗えないものもある。拭い切れないものも。


視界の端で、未だ床に這いつくばっているその子の手が見える。


俯いていた顔を上げて、ついにその人と目を合わせた。


切れ長の目が、ただ真っすぐとこちらを見下ろしている。


ただそれだけなのに身体が無意識に強張る。


存在が異質なんだ、この人は。


こんな愚かな子供を誰が助けてくれるだろうか。


見て見ぬふりをすればいいものを。知らなかったふりをすればいいものを。


そんな視線を感じながら、あたしは自分の服を握り締めた。


目を逸らさず、じっと見上げるあたしをこの人の息子だろう男の子が見ている。


這いつくばったままのその子も見上げている。

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