第52話

「っそこまで……!」



一瞬、空気が止まった。あたしが、大きな声を上げたからだ。


シン、と静まり返る中で、あたしは拳を握る。


唇が震えていたが、関係なかった。どうして、こんなことを許しているのだろう。


この人も、周りの人も。



「そこまで、する必要、ありますか……っ」



怯んでしまって、何度も止めるか迷ってしまったあたしも。



視線が、一気にあたしに集中した。


今、膝をついて靴を舐めようとしていたその子も。


眉根を寄せたその子の兄も。


驚いて声も出ない、遠くにいる伊吹も。


そこに参加している人たちも。


そして、男の人の息子や、この男の人自身も。


みんながみんな、こちらを見ていた。



暫し沈黙が続いたあと、「……それは」と男の人が口を開く。



「どういうことかな。お嬢さん」



あえてにこやかなのか、子供に合わせたようなその口調が、酷く怖かった。



「……っその、もう、謝っています。こんなことまでする必要は、ありますか?」


「こんなこととは?」


すぐに返される。思わず顔を上げようとしても、その男の人の顔は到底見ることが出来なかった。

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