第45話

「翡翠くん」と続けて口を開いたその人が、ゆっくりと彼を見る。


口元はにこやかに見えるのに、目が死ぬほど冷たく見えるのは、気のせいだろうか。



「君も〝本物〟になれるよう、努力を惜しまないことだ」


「……」



顔を上げたその子に今一度微笑んで、その人はそのまま「綾人」と自分の息子を呼んだ。


そしてその息子は、一瞬で素敵な笑顔を顔に貼り付けて、黒髪のその子に向かって一歩踏み込む。



「これから、よろしく」


「……」


「翡翠……申し訳ないね、綾人くん」




何も答えないその子の名前を、咎めるように呼んだあと、彼のお父さんは頭を下げていた。


「いえ」と短く言って首を振る彼は、ただただ完璧な笑みを作るだけだった。







「……それでは鷹月さん。引き続き楽しんで」


そして暫くして、ようやくその場が収まっていった。


あの空気の中で、ただただ立っているだけでも凄いことなのに、針の筵になっていたあの男の子は、今何を思っているのだろう。


誰も、味方じゃないのかな。




「……ごめん、いまちょっと時間できた。大丈夫だった?」


「あ、伊吹……」


食べ物を食べるふりも、飲み物を飲むふりも。


一通りしてしまって、時間を潰す方法がなくなってしまった頃、伊吹に声を掛けられた。心の底からほっとする。

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