第44話

「そこまでおっしゃるのに、跡継ぎに考えていないんですか?」


「うちには晴一がいますから。翡翠は人見知りで、裏方の方が合っていると本人も自覚しています」



話が逸らされていく。そして子供にはわからない大人の会話の中で、取引が進んでいる。


その才を買ってもらえば、いずれあなた方の役に立つ人材になるだろうと、本人の意思を無視して進められているんだ。


会場のほぼ隅にいるあたしには、その会話内容はよくわからない。


けれど、黒髪の彼があまりあの場でただ、ひとりぼっちに見えて仕方なかった。




「あまりこういった場には連れてこなかったのですが、今年でこの子も綾人くんと同じ十歳になります。少しは見習ってほしくて連れて来たところでした」


「……そうですか。同年齢でそこまで優秀であれば近い将来、綾人と肩を並べることもあるでしょう。息子の代までいい関係を結べる機会に恵まれるなんて、考えもしなかったな」



静かに彼を見て、そして当たり障りのない笑みを作って答えていく。


周囲のざわめきはどんどん増すばかりだった。

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