第39話

暫くして、伊吹は春明さんに呼ばれていたらしく「あ、俺……そろそろ行かないと」と少し残念そうに告げた。


「うん、いってらっしゃい」と笑顔でそれを見送れば「すぐに戻ってくるから」と伊吹は不服そうなままだった。


飲み物でも飲んでいるふりをして、会場の隅にでもいようか。


とにかく邪魔にならないように、空気に徹しておけば、迷惑はかけずに済むはずだ。ひそひそと会場の端に移動していれば、すれ違う人たちがまた何かを耳打っていた。




「あれって、鷹月様じゃない?」


「ご子息の晴一様もいらっしゃるわ」


「珍しいわね」


「しかもほら、もう一人の」


「ああ、分家の……」


「何を考えているんでしょうな、妾の子を」


「でも顔はそっくりよ。晴一様より」


「それは言ってはだめよ、耳に入ったら大変でしょう」



いろんな音が混ざり合ったざわめきの中で、あたしに向けられた噂話のように誰かがまた言葉の槍を向けられていた。


悪意があるのか、それとも自覚のなくそんな会話を交わしているのか、わからないけれど。あたしと同じ年くらいの男の子だろうか。


悪意が渦巻く真ん中には、その子がいた。

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