第8話

この家に、あたしの部屋はなかった。


あるのは、父と母の寝室とリビングと、父が一人で過ごすための書斎だけ。


お母さんと居られるのは嬉しかったけど、どうしてか伊吹の家より空気が重かった。


けれどその時は重いという感覚は全くなくて、ただ、飾利さんたちが「いらっしゃい、小宵ちゃん」と迎え入れるあの空気感が、あたしは単純に好きなんだろうと、ただそう思っていた。











その日に聞いた母の声は、久しぶりにどこか楽しそうだった。



「今日は、お父さんと久しぶりにご飯に食べに行ってくるから」



あたしまで楽しい気持ちになりつつ、そわそわしてしまう。


どこに行くんだろう。こよいもつれて行ってくれるかな?だって、今日は……こよいの誕生日だから。




「小宵が生まれた日は一日中雨でな?危うく「小雨」にでもなるところだったんだよ」



父がまだきちんと家に帰ってきた頃に、そんな話をされたっけ。


けれど、名前なんてなんでもいい。


呼んでくれるなら、それで。




「あの、お母さん……こよいは」


「ああ、後で春明さんが迎えに来てくれるって。よかったわね、あなた水波さんの家大好きじゃない」


「……うん、だいすき、です」

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