かからない家
かからない家(1)
母方の遠い遠い親戚だというその家は、聞いたこともないど田舎のとある村の、坂の上にあった。
今日からこの家が、俺の住処となる。
この家の存在を知ったのは、職場でもプライベートでも、散々な目にあって、都会の忙しい生活に飽き飽きしていた頃に移住を決意した。
母は幼い頃に何度か訪れたことがあるらしく、自然豊かで、心の療養にはちょうどいいと言っていた。
ところが、実際に来てみれば、本当に何もない。
どこの村も過疎化が進んでいるとは聞いているが、こうしてたどり着くまでの間、他の誰ともすれ違わなかった。
「意外と綺麗だな。まぁ、ザ・昭和って感じの作りだけど……」
築うん十年の古い家ではあるが、もともと昔からDIYに興味があったこともあり、好きにリフォームして住んでいいと許可は得ている。
早速中に入ろうとしたのだが、最悪なことに上着のポケットに入れておいたはずの鍵がない。
反対側のポケットや、ズボンのポケットも確認したが、どこにも鍵がなく、乗って来た車のキーしか出てこなかった。
「やっべぇ……車の中か?」
車内に落としたならまだいいが、途中で寄ったコンビニやサービスエリアで落としていたらと不安になる。
焦って車の中を確認したが、やはりどこにも鍵は落ちていない。
シートの下を覗き込んでも、無駄だった。
「何か探し物か?」
「いや、鍵をどこかで落としたようで……」
「ああ、大丈夫。大丈夫。鍵なんて掛かってないから」
「え……?」
反射的に答えてしまったが、シートの下から顔を上げると、そこには知らない中年の男が一人立っていた。
「えーと、すみません、近所の方……ですか?」
「ああ、そうだよ。そこの道を下った先に黒い家があっただろう?」
「はぁ……」
「そのもう二軒先の家に住んでる。あんたあれだろ? 今日からこの家に住むっていう、
「はい、そうです」
「だったら、問題ない。鍵なんて探す必要ないよ。空いてるから、そのまんま中に入んな」
男は名乗らずに、それだけ言って、坂を下って行った。
この家まで続く道は一本しかないし、ここで行き止まりのはずだ。
あとは道なんてないし、山しかない。
それなのに、あの男は一体、どこから出て来たのだろうと不思議に思ったが、とりあえず言われた通り玄関の引き戸に手をかけると、本当に鍵はかかっていなかった。
「なんて不用心な……」
今は誰も住んでいないとはいえ、鍵をかけないまま放置なんて信じられない。
泥棒が中に潜んでいる可能性だってあるじゃないか。
恐る恐る引き戸を開けると、カラカラと滑車が回る音がした。
「うわ……」
玄関を開けてすぐに見えた扉の向こうは居間のようで、玄関も廊下も綺麗に整理されていて、泥棒に入られたような形跡もない。
以前、住んでいた遠い遠い親戚が使っていたそのままの状態という感じだった。
中に入って居間の隣にあった台所もざっと見まわしたが、家具屋や家電だけでなく、食器や靴、服や日用品も、少し古いだけで、なんの不自由もなく使えそうだ。
あと数時間後には、ガスや電気の業者が来るが、素人目には古くなって使えないようなものがあるようには見えない。
ほんの数年前へタイムスリップしたような、そんな妙な感覚だった。
とはいえ、顔も知らない人が住んでいた家だ。
まずは家の構造を把握しなければと、居間に入って一番最初に目についた隣の引き戸を開ける。
「げっ!」
開けてすぐ、目に入ったのは大きな仏壇だった。
しかも、父方の祖母の家にも仏壇があり、写真が置かれていたが、この家の仏壇には写真はなく、鴨居の上にずらっと何枚も見知らぬ人たちの遺影が掛けられている。
どの壁の上にもずらりと並んでいて、少し斜めに傾けられているため、全ての遺影と目があったような気がした。
母方の親戚とはいえ、モノクロやセピア色の古い見知らぬ人の遺影にぐるっと取り囲まれているのは、なんとも居心地が悪い。
何より、一番気味が悪かったのは、多少の違いはあるにしても、年代も性別も違うのに、みんな似たような顔をしているように見えるところだ。
仏壇には法名が書かれた位牌も置かれたままだし、線香やろうそくも残っている。
勝手にいじったら祟られそうで、俺はこういう場合、どうすればいいのか考える。
おそらく、古いものだろうし、マッチも置いてあったが湿気っているのか全く火が点かなかった。
線香は上げられないが、一応、拝んだ方がいいのだろうか、と、おりんを叩いて手を合わせてみた。
すると————
「まったく、最近の若者はまともに線香の一つもあげられないのかしら」
「ライターがないんだろうさ! ほら、今は禁煙の時代だっていうしな」
「禁煙? 男のくせに、珍しいわね」
「最近の若者は、そういうものらしい。うちの孫も、俺が吸おうとしたら『部屋が臭くなる!』って、怒っておったわ」
背後から突然、そんな会話が聞こえて来てきた。
驚いて手を合わせたまま、振り向くと……
「まったく、世も末ねぇ」
全く知らない中高年の男女が四人、居間のソファーと床に向かい合って座っていた。
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