第3話 繭を破って
私たちはパピヨンに伝言を残し、繭を去ることにした。外の木に縛り付けておいたフクロウの仮面のレリクトはまだ意識を取り戻してはいない。
「この二人、どうする?」
「危険な奴らなんだ。生かしちゃおけねえだろ」
ヴィヴィアンの問いにクロードが答える。レリクトから受けた傷のことを考えれば、そう答えるのも当然だろう。
「この二人を始末したと知ったら、仲間のレリクトは黙っていないだろうね」
気絶したレリクトを見下ろしながら、マヤはそのまま続ける。
「二人を起こして一緒に連れて行こう」
「マヤ! 何を考えてんだよ! こんな危険な奴らと仲良く逃避行なんか出来るわけがない!」
「交渉の材料になるかもしれない」
「交渉!? 言葉なんて通じねえよ! こんな野蛮人どもに!」
私は正直、クロードの言う通りだと思った。レリクトの言語を耳にしたけど、私たちの使う言葉とは全く似ても似つかないものだったし、意思疎通が図れるとは思えなかったからだ。
少し後ろに居るシエルを見ると目が合った。
「えっと……僕はマヤに賛成だな」
シエルが控えめにそう告げた。
「本気?」
私がシエルに尋ねると、彼はしっかりと頷く。
「彼らだって同じ人間じゃないか。それに、どこかに一人くらい言葉の通じる人がいるかもしれないし……」
「希望的観測ってこと?」
ヴィヴィアンに言われてシエルは押し黙る。
「……ここでこの人たちを殺せば、それこそわたしたちのほうが野蛮人じゃないですか」
クレアの言葉で、私を含む反対派がハッとした。
「わかったよ……。連れていけば良いんだろ。その代わりしっかり縛っておけよ。ロープを切れるような刃物を隠し持っていないかも確認しとけ」
「自分でやればいいのに」
「あ?」
低い声で私を威圧してくるクロード。
「はいはい。じゃれ合いはそこまでにして」
マヤはそう言いながら、レリクトの体に触れた。先程シエルと二人で気絶させた時に、レリクトが武器として持っていた刃物は取り上げていたため、他に何か武器になりそうな物を所持していないかチェックしていく。すると、ブーツの中から小型のナイフが出てきた。
「詰めが甘いんだよ」
クロードは私とシエルに対して吐き捨てるように言った。
「ごめん」
何でこんなやつに謝るの?
馬鹿みたいに謝るシエルを、私は思わず睨む。
「ごめん……」
彼は縮こまってしまった。
マヤは最後に仮面をはいだ。レリクトの二人は、汚れてはいるけれど思っていたよりずっと私たちと変わらない顔をしていたし、年齢も近そうな少年と少女だった。
「起きろ、野蛮人」
クロードが二人の頬を何度か叩く。すぐに二人は目を覚ました。暴れるかと思ったが意外と大人しい。
二人は例の謎の言語で何やら言葉を交わして、ニタリと笑う。あれは馬鹿にしてる時の笑みだ。クロードもそれに気付いたのだろう、男の方の顔面を殴りつける。
「分からないとでも思ったか? 馬鹿にしやがって」
殴りつけられた男は血の混じった唾を吐き捨て、クロードを睨みつける。
わかるよ。クロードってムカつくよね。などと内心思った。
二人を縛り付けたまま、隊列の真ん中に来るようにした。繭のメンバーで前後を挟み、逃げられないようにする。抜け目のないヴィヴィアンも後方にいるので、余程のことがなければ逃げられるということは無いだろう。
私たちは暗い森の中を進んでいた。ランタンの灯りを一番小さくして、なるべく目立たないように。
「何処へ向かうの?」
先頭を歩くマヤは、そう言った私の方へ少しだけ振り返る。
「わからない。とにかく森を抜けて、どこか休める場所を探そう」
あの気の強いマヤでさえ、この状況ではどこか不安そうだ。
「ビーコンに反応がない」
イオは手に握った機械の画面を見つめている。反応がないということは、フレイとシズク、そしてヨハネの捜索は難しいということ。
「範囲外にいるだけならいいけど……」
バックパックの肩紐を強く握りしめるシエル。暗くてどんな表情をしているのかはわからない。
捕らえたレリクト二人を見る。私たちは慣れない森の中でフラフラと歩いているが、彼らの足取りはしっかりとしていた。時折二人で何やら会話をしている。その度に後ろで見張っているクロードが二人を小突いている気配がした。
「そういえば、B班は何か見つけた?」
「川を見つけたけど、そこでレリクトに襲われた」
「私たちもそう」
「お互い大変だったね」
マヤとそんな話をしていた時だった。森を抜けたのだ。
「もう歩けな〜い」
ヴィヴィアンがその場にへたり込む。確かにみんな疲れていた。レリクト二人は平気そうに見えるが。
私たちは、多数決で少し休憩することに決めた。レリクトを再び近くの木に縛り付けて、バックパックを下ろして地面に座る。どうせまた歩き続けるのだから、今のうちにゆっくりしたい。
気付けばシエルが隣に居なかった。
「はい、良かったらどうぞ」
レリクト二人を相手に、水筒の水を差し出している。
「何してんのっ」
思わず駆け寄った。
「だって……人間なんだから喉が渇くと思って……。ごめん」
申し訳無さそうに言うが、内心ではそうは思っていないのだ。シエルは優しすぎるから。
「これは私たちの水だよ。レリクトたちだって、私たちが川の水を汲むのを邪魔したじゃない。そんな人達に水を与える義理なんてないでしょ」
「…………」
シエルは無言だ。水筒を取り上げようとしたが、抵抗される。頑固なんだから。
「わかったよ。好きにしたら……」
こうなったら私は折れるしかない。水筒から手を離した瞬間、レリクトの一人が突如叫んだ。
「こいつ、仲間を呼ぶつもりか!?」
クロードが再び男を殴ろうと拳を振り上げた時だった。
茂みの奥から大きな黒い何かが飛び出して、クロードを弾き飛ばした。
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