第十二話:音楽に悩むリリア。寄り添う友達

ある日の午後、ノクティア・フロストナイトはダリオ・シャドウスノウと共に、宮殿の中庭で静かに談話していた。いつものように冷静な空気が漂っていたが、そこに一つの話題が持ち上がった。


「リリアが国外からソロコンサートの誘いを受けたって聞いたけど、彼女、どうやらその話を受けるかどうか思い悩んでいるらしいの。」

ノクティアはふと、少し気になった様子でダリオに語りかけた。リリアは以前、友達候補としてダリオがまとめたプロフィールの中に名前があった人物で、ノクティアもその存在に注目していた。


「ソロコンサートですか。それは彼女にとって大きなチャンスでしょう。」

ダリオは冷静に答えた。


「ええ、国外での公演だし、大きな会場も用意されているらしいわ。それに、彼女のエヴァ―フロスト宮廷楽団での演奏が認められた証でもある。だけど……リリアはその話を受けることに悩んでいるみたい。」

ノクティアは軽くため息をついた。


「なぜ彼女が悩んでいるのか、何か理由があるのでしょうか?」

ダリオが少し首をかしげた。


「それがね、私も詳しくは分からないけど……音楽に関することだから、私やあなたができることって限られているわよね。」

ノクティアは少し考え込みながら言った。「でも、友達になろうと思うなら、何か具体的な解決策が出せなくても、寄り添うことは大事だと思うの。気持ちに寄り添って、リリアの心を少しでも楽にすることができれば、それで友達としての役割を果たせるんじゃないかなって。」


ダリオはその言葉に頷いた。


「確かに、解決策を提示することがすべてではないかもしれません。王女様のおっしゃる通り、リリア嬢の悩みに寄り添うことが、友人としての重要な役割なのでしょう。」

ダリオは少し優しい表情を見せた。


「よし、それならリリアに会ってみましょうか。」

ノクティアは軽く微笑んで立ち上がった。


◆  ◆  ◆


ノクティアとダリオは、リリアがよく訪れる音楽堂に向かった。中に入ると、リリアがピアノの前に座っているのが見えた。しかし、その様子はいつもの彼女らしくなかった。バイオリンケースは傍らに置かれたままで、彼女は愛用の楽器に触れる気にもなれないかのように、ぼんやりとピアノの鍵盤を叩いていた。


「リリア?」

ノクティアは優しく声をかけた。


リリアはふっと顔を上げ、少し驚いた様子で二人を見た。


「王女様……ダリオ様……どうしてここに?」

リリアの声は少し疲れているようだった。


「リリアが悩んでいるって聞いてね。もしよければ、話を聞かせてくれない?」

ノクティアは彼女の隣に腰を下ろした。


「……そうなんです。実は、国外からのソロコンサートの話があって、それを受けるかどうかで悩んでいるんです。」

リリアは静かに話し始めたが、その視線はピアノの鍵盤から離れないままだった。


「それって、とても素晴らしいチャンスじゃない?」

ノクティアは優しく問いかけた。


「ええ、もちろん嬉しい話です。宮廷楽団での演奏も認められましたし、大きなステージで自分の音楽を披露できるのは夢みたいです。でも……」

リリアはバイオリンケースに目を向け、まるで触れることさえ避けるように俯いた。「私、エヴァ―フロストの音楽から離れることが不安なんです。国外での演奏は、もっと自由で、表現も違うはず。エヴァ―フロストの伝統的な音楽とは違うから……私が本当にうまくできるのか、心配で。」


ノクティアはリリアの心に寄り添おうと、彼女の気持ちを探りながら話を続けた。


「リリア、それはとても自然なことだと思う。大きな舞台に立つのは、誰でも不安になるし、特に自分が今まで育ってきた伝統から離れることは、簡単じゃないわ。」

ノクティアの声は優しかった。「私も、王女として多くの責任を背負っているけど、時々自分が本当にうまくやれているのか不安になる時がある。誰でもそんなことはあるんじゃないかしら。」


リリアはその言葉を聞き、少し驚いたようにノクティアを見つめた。


「王女様でも、不安になることがあるんですか?」

リリアは思わず口を開いた。


「もちろんよ。私だって、たくさんの重圧に押しつぶされそうになることがあるの。でも、そんな時に頼りにしているのは、あなたのような友達だったり、ダリオのように支えてくれる人たちなの。」

ノクティアは優しく微笑んだ。


ダリオは少し後ろに立ちながら、静かに見守っていた。彼もまた、ノクティアの寄り添う姿勢に感心していた。


「だから、リリア、私たちもあなたに寄り添うわ。どんなに不安でも、その気持ちを誰かに話すだけで少しは楽になることもあるでしょ?」

ノクティアはリリアに優しく手を差し伸べた。


リリアは少し涙ぐみながら、その手をそっと握り返した。


「ありがとうございます、王女様……ダリオ様も……。私、少し気が楽になりました。正直、誰にもこの不安を話すことができなくて、一人で抱え込んでいたんです。でも、こうして聞いてもらえるだけで、本当に救われた気がします。」

リリアは微笑みながら涙を拭った。


「それで、コンサートの話はどうするの?」

ノクティアは静かに尋ねた。


リリアは少し考え込み、やがて答えた。


「やっぱり……挑戦してみようと思います。まだ不安は残っているけど、こうして支えてくれる友達がいるなら、きっと大丈夫だって思えるようになりました。」

リリアは決意を固めたようだった。


「そう、それなら安心ね。私たちも、あなたのコンサートを応援しているわ。何があっても、あなたは一人じゃないから。」

ノクティアは温かく微笑んだ。


ダリオも静かに頷き、彼の目にはほのかな安心感が漂っていた。

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