第十一話:知らないダリオ。王女と護衛騎士の秘密
エヴァ―フロスト王国の宮殿にて、ノクティア・フロストナイトは机に向かい、ダリオのプロフィールを整理していた。彼女は静かにペンを走らせ、彼の基本的な情報をまとめる作業に没頭していた。
「ダリオ・シャドウスノウ、エヴァーフロスト王国の護衛騎士。年齢……、若くしてこの役職に就く。戦闘経験が豊富……だけど、なぜこんなに経験豊富なの?」
ノクティアは手を止め、ふと疑問を抱いた。
彼は確かに有能で冷静だ。アリシアを救った時も、ロイに助言を与えた時も、ダリオはその若さとは不釣り合いなほど経験豊富な知識を発揮していた。しかし、それが自然であるとは限らない。ノクティアは、これまであまり考えたことのない感情を抱き始めた。
「ダリオのこと……私はどれほど知っているのだろう?」
ノクティアはぽつりと呟いた。
ダリオのことを信頼している。彼は優秀な護衛騎士であり、冷静で確実に仕事をこなしてくれる存在だ。だが、彼の過去やプライベートなことについてはほとんど知らない。彼が自分に対してプロフィールをまとめてくれたのに、逆に自分は彼について何も知らないことに気づき、少し不安を感じた。
◆ ◆ ◆
その日の午後、ノクティアはダリオを呼び出し、静かな会話を交わすために一室へと足を運んだ。彼女が彼に個人的な質問をすることは、これまであまりなかったが、今日は少し違った。
「ダリオ、少し時間があるかしら?」
ノクティアは静かに声をかけた。
「もちろんです、王女様。何かご用でしょうか?」
ダリオはいつもの無表情で彼女の隣に立った。
「実は……あなたのことをもう少し知りたいの。これまでずっと護衛として頼りにしてきたけど、あまりあなた自身について考えたことがなかったわ。」
ノクティアは少しだけためらいながら言葉を紡いだ。ダリオは一瞬驚いたように見えたが、その表情はすぐに元に戻った。
「私自身について、ですか?」
ダリオは冷静に言葉を返した。
「ええ、あなたは若いのにとても経験豊富よね。どうしてそんなに多くの戦いを経験しているのか、知りたいの。普通の人なら、そんなに若くしてそれほどの経験を積むことは難しいと思うから……。」
ノクティアは少しずつ核心に近づいていく。
「私の過去について……ですか。」
ダリオの声は、どこか沈んだトーンに変わった。彼は少しだけ目を伏せると、短い沈黙の後にゆっくりと話し始めた。
「……幼い頃、私は国境付近の小さな村で生まれました。しかし、その村は、戦乱に巻き込まれ、家族を失いました。」
ダリオは淡々と話し続けたが、ノクティアはその言葉の重みを感じていた。
「その後、私は王国の特殊な訓練プログラムに入れられました。孤児となった子供たちが集められ、騎士や兵士として育成される場所です。そこで、幼い頃から戦闘技術を叩き込まれ、実戦を通じて経験を積んできたのです。」
ダリオの言葉に、ノクティアは息を飲んだ。彼が持つ冷静さと強さが、過酷な幼少期から来ていたとは――想像以上の背景だった。
「……でも、なぜ私の護衛騎士になったの?」
ノクティアはさらに疑問を投げかけた。ダリオは一瞬、彼女を見つめ、その目に何かしらの感情が宿っているのを感じた。
「王女様、覚えていらっしゃるかどうか分かりませんが、あなたと私は幼い頃に一度会っています。」
ダリオは静かに語り始めた。
「当時、国境付近の被害状況を視察に来られた幼い王女様が、私に言葉をかけてくださったのです。私が村で家族を失ったばかりの頃で、何もかも絶望していた時に――あなたがわざわざそんな辺境に足を運び、そして幼い私に励ましの言葉をくれた。それが、どれだけ大きな意味を持っていたか、想像もつかないでしょう。」
ダリオは目を伏せ、遠い記憶を思い出すように話し続けた。
「王女様が視察に来られること自体が、当時の私には信じられない出来事でした。ましてや、幼いあなたが私に直接言葉をかけてくれた。その瞬間、私はこの命を捧げることを決意したのです。自分に何もなくても、あなたの護衛として仕えることが、私の生きる目標となったのです。」
ノクティアは言葉を失った。自分の幼い頃の何気ない行動が、ダリオの人生を大きく左右することになっていたとは想像もできなかった。
「私、そんなこと全然覚えていないわ……ごめんなさい。」
ノクティアは申し訳なさそうに言ったが、ダリオは微笑んだ――それは彼が見せたごく稀な微笑みだった。
「覚えていなくても構いません。私が覚えていれば、それで十分です。あなたが私にとって何者であるか、それは変わりませんから。」
ダリオの言葉に、ノクティアは胸がじんわりと温かくなるのを感じた。ダリオはただの護衛騎士ではなく、彼女にとっては友人以上に信頼できる存在だったのだ。
「でも……やっぱり、あなたのことをもっと知りたいわ。だって、あなたは私にとっても大事な存在だから。」
ノクティアは少し笑いながら言ったが、その言葉には本当の気持ちが込められていた。
ダリオは一瞬、何かを考え込むように見えたが、やがてゆっくりと頷いた。
「分かりました。もし私の過去や日常について知りたいことがあれば、いつでもお聞きください。ただ……」
ダリオは言葉を選ぶようにして続けた。「私の仕事は、王女様をお守りすることです。それ以上のことは、必要があればお伝えします。」
その言葉に、ノクティアは少しだけ肩の力を抜き、微笑んだ。
「ありがとう、ダリオ。これから少しずつでもいいから、あなたのことをもっと教えてくれると嬉しいわ。」
ノクティアはそう言って、彼を見つめた。
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