第三話:お見合い? いや、友達作りです
エヴァーフロスト王国の宮殿内は、冷気と静寂に包まれていた。窓から差し込む月光が氷の壁を照らし、その光景はまるで永遠に変わらない凍りついた世界のようだった。ノクティア・フロストナイトは、重厚な椅子に座りながら、眼前に積まれた資料の束を見つめていた。
「……これ、何?」
目の前にある厚みのある書類に少し眉をひそめるノクティア。その書類は、一見すると公務に関するものに見えなくもないが、実はまったく違うものだった。
「これは、友人候補の資料です。」
横に立つ護衛騎士ダリオ・シャドウスノウが、無表情で淡々と答えた。彼はノクティアの横にいつも通り無言で立ち、影のように見守っている。
「友人……候補?」
ノクティアはその言葉を口にしながら、困惑した表情を浮かべた。
「はい、王女様が『友達を作りたい』とおっしゃっていたので、いくつか適任者をリストアップしました。これがその詳細なプロフィールです。」
ダリオはまるで公務の一環であるかのように冷静に説明する。
ノクティアは書類を手に取り、ぱらぱらとめくった。そこには、王国中から集められた数名の人物のプロフィールが詳細に記されていた。
「……何だか、お見合いみたいなんだけど。」
ノクティアは目を細めながらぼやく。
「これはお見合いではありません。友達作りです。」
ダリオは無表情のまま、きっぱりと否定した。
「いや、どう見ても……見た目の特徴とか、好きな食べ物とか書いてあるし……普通、友達作りにこんな細かい情報いる?」
ノクティアは資料に目を通しながら、まるで貴族同士の縁談のような丁寧すぎるプロフィールに軽くため息をついた。
「友人となる人物について、事前に情報を収集するのは当然のことかと思います。王女様が不適切な人物と親しくならないよう、あらかじめ調査しておきました。」
ダリオは真面目な顔で、資料の意義を力説する。
「それにしても……これってあまりにも形式的すぎない? まるでどこかの結婚相手候補リストみたいよ。」
「繰り返しますが、これはお見合いではありません。友達作りです。」
ノクティアは、ダリオの真面目な反応に思わず苦笑してしまった。
「じゃあ、これを全部読んで、私が選ぶってこと?」
「その通りです。それぞれの人物について特徴が書かれているので、興味のある人物を選んでいただければ、私が面会の手配をいたします。」
「面会の手配って……ほんとにお見合いじゃない?」
「友達作りです。」
ダリオは再度、無表情で強調した。
ノクティアは資料をめくりながら、次々と紹介されている人物を確認した。
候補者1: アリシア・フロストリーヴ
年齢: 17歳
職業: 貴族の娘、王立魔法学院生
趣味: 読書、星空観察
特技: 氷魔法(初級)
候補者2: ロイ・ダークアイス
年齢: 19歳
職業: 貴族の息子、エヴァーフロスト王国軍士官候補
趣味: 剣術、氷彫刻作り
特技: 闇魔法(中級)
候補者3: リリア・スノウフラッシュ
年齢: 18歳
職業: 宮廷楽団の一員
趣味: 音楽、舞踏
特技: バイオリン演奏
「……ちょっと待って、こんなに立派な人ばかりなの? こんな人たちと友達になれる気がしないわ。」
ノクティアは本音を口にした。
「全員、王女様にふさわしい方々です。個々の趣味や特技が、王女様の生活にも適合すると考えました。」
「そういう問題じゃないのよ……私はもっと普通の人と普通に話したいの。」
ノクティアはまたため息をつき、資料を閉じた。王女としてではなく、ノクティアとして誰かと接したい――その願いは、こうした立派な候補者たちと向き合うことで、むしろ遠のくように感じた。
「……普通の友達って、いないの?」
彼女は苦笑しながらダリオに問いかける。
「普通の……ですか?」
ダリオは少しだけ考え込んだ。しかし彼の無表情は変わらず、その冷静さが何とも言えないおかしさを漂わせていた。
「はい、できる限り調べてみますが、王女様の『普通』とはどういう基準なのか、具体的に教えていただければ……」
「うーん、説明が難しいわね……ただ、こんなにカチッとした人じゃなくて、もっと自然に話せる人がいいのよ。」
「自然な話……それは、具体的にどういった会話が?」
「たとえば、『今日は天気がいいわね』とか――あ、でもこの国は永遠に夜だった……」
ノクティアは自分で言っておきながら、その不適切な例に気づき、少し赤面した。
「……なるほど、そういう方向性ですね。理解しました。」
ダリオは無表情のまま、どこか鋭くノクティアの言葉を受け取ったが、彼の「理解」はどれほど正確だったのかは不明だった。
「……本当に理解したの?」
「ええ、王女様の望む『普通の友人』を探し出すため、さらなる調査を進めます。」
「はぁ……ありがとう、ダリオ。でも、あなたの方法はちょっと硬すぎるかもね。」
ノクティアは最後に軽く笑ったが、その笑顔は少しぎこちなかった。それでも、友達作りへの道がまだ続いていることだけは確かだった。
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