第二話:公務と刺客、そして友達作りの悩み

エヴァーフロスト王国の宮殿は、静けさと冷気が満ちていた。氷の壁は月光を反射し、まるで永遠に時が止まっているかのように感じられる。王女ノクティア・フロストナイトは、今日も玉座に座り、公務に取り組んでいた。

 

「王女様、次の報告書です。」

 

側近が差し出す書類に目を通しながら、ノクティアは冷静に判断を下す。彼女の表情はいつも通り無表情だったが、内心では少しだけ疲れを感じていた。日々の公務は重く、責任は大きい。友達が欲しい――そんな願いがどこか心の片隅にずっとあるものの、日常の重圧の中でその思いはかき消されていた。

 

「ノクティア様、疲れているのでは?」

 

静かに、そしてどこか心配そうな声がかけられる。玉座の横に立つのは、護衛騎士ダリオ・シャドウスノウだ。彼は、いつものように無表情だが、彼女を影から見守ってきた者だからこそ、彼女の疲れに気づいていた。

 

「ダリオ……大丈夫よ。これくらい平気。それに、まだ公務が残っているわ。」

 

ノクティアは軽くため息をつき、再び公務に集中しようとする。

 

しかし、その時――

突然、宮殿の窓が不自然な風を通し、冷たい空気が玉座の間をさらに凍りつかせた。その瞬間、影が動くのをノクティアは感じた。

 

「……誰かがいる。」

 

彼女がそのことに気づくと同時に、黒い影が一気に動き出し、宮殿の護衛たちが一斉に剣を抜いた。だが、その影は素早く、氷の床を滑るように進み、まっすぐノクティアに向かって突進してきた。

 

「王女様、危険です!」

 

ダリオはその瞬間、ノクティアの前に飛び出し、影を操る力で刺客の攻撃を防いだ。しかし、刺客は素早く再度刃を振りかざし、狂気のこもった声を上げた。

 

「フロストナイト家の血を絶やしてやる! お前たちが我が家族を寒さと闇の中に見捨てたようにな!」

 

「……何の話?」

 

ノクティアが冷静に尋ねると、刺客は歯を食いしばりながらさらに強い力でダリオの影を切り裂こうとした。

 

「貴様ら王家の者どもは、王国の隅々まで救うなどと口先ばかりだ! 我が一族はこの極寒の地で飢えに苦しみ、王家は何もしなかった! 氷の力を持つ貴様たちが、なぜ私たちを救わなかった!」

 

ダリオは無言のまま、冷静に影を操って刺客の動きを封じた。影は刺客の体を捉え、まるで生き物のように締め付ける。刺客は必死にもがきながら、さらに言葉を続けた。

 

「俺たちの村は、氷の嵐に飲まれ、全てが凍りついた……。お前たちが助けてくれれば、生き延びることができたのに! 貴様らの冷酷さが、全てを奪ったんだ!」

 

ノクティアは、その言葉を冷静に受け止めた。エヴァーフロスト王国の極北地域は厳しい環境で、多くの村がその氷の支配下に置かれている。全ての場所を守ることは難しく、王国としても限られた力しか及ばない――それは彼女も理解していたが、目の前の男にとってはそれが大きな悲劇となったのだ。

 

「あなたの家族を救えなかったことは、私の責任です。」

 

ノクティアは静かに答えた。その声には冷たさだけではなく、どこか悲しみも含まれていた。

 

「だが、その恨みをここで晴らすことは、何も変えない。」

 

刺客はその言葉に一瞬戸惑ったが、すぐにまた怒りの声を上げた。

 

「変えられなくてもいい! お前たちに同じ苦しみを与えてやるだけで、俺の気は晴れる!」

 

ダリオはその言葉を聞いても、全く動揺せず、さらに影を強く締めつけた。刺客の動きが止まり、次の瞬間、完全に無力化された。

 

「これで終わりです。」

 

ダリオは冷静にそう言い、刺客を押さえ込んだ。護衛兵たちがすぐに彼を捕らえ、連れ去っていった。

 

◆ ◆ ◆

 

全てが終わり、玉座の間の静けさが戻った。ノクティアは椅子に深く腰掛け、ふとダリオに向かってため息をついた。

 

「やっぱり……私、忙しすぎるわね。」

 

「はい、公務に加え、このような危険もありますから。」

 

「こんなに忙しいと、友達なんて作ってる暇はないんじゃないかしら。」

 

ノクティアの言葉には、少し諦めの色が含まれていた。王女としての責務、そして国を守る立場として、彼女にはどうしても「普通の生活」が許されない。刺客の存在はその象徴だった。

 

「……確かに、忙しいですね。しかし、だからといって王女様が友達を諦める必要はないかと。」

 

「でも……私が忙しい間に、誰かと親しくなる時間なんてないわ。それに、こんな私に友達になりたいって思う人なんていないかもしれない。」

 

ノクティアは少し悲しそうな表情を浮かべた。彼女は決して感情を表に出すタイプではないが、この時ばかりは少しだけ本音がこぼれた。

 

ダリオはそれをじっと聞き、静かにうなずいた。彼もまた、感情を表現することが苦手な人間だ。それでも、彼は影から見守り続ける役割を果たしてきた。

 

「王女様には、すでに私という……少なくとも一人の『友人』がいます。」

 

「えっ?」

 

ノクティアは驚いてダリオを見た。彼は相変わらず無表情だったが、どこかその言葉には優しさが含まれているように感じた。

 

「……私は、王女様の友達であり続けます。どんなに忙しくても、どんな危険があろうとも。」

 

「……そう、ね。ありがとう、ダリオ。」

 

ノクティアは少しだけ微笑んだ。友達作りはまだ遠い夢のように思えるかもしれないが、彼女にはもう一人、心から信頼できる存在がいる――それだけでも、少し気持ちが軽くなった。

 

「友達作りは、また後で考えればいいわね。今は……国を守ることが先よ。」

 

「そうですね。無理をせず、少しずつで良いのです。」

 

二人は、いつも通りの冷静な態度を崩すことなく、公務に戻るのだった。しかし、その背中には、少しだけ温かい感情が漂っていた。

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