氷と闇の王女は友達が欲しい! 〜寡黙な護衛騎士とのズレた友情奮闘記〜

スキマ

第一話:氷の心、暖かな影

エヴァーフロスト王国の宮殿は、月光が静かに差し込む氷の城。闇と氷が共存するこの王国では、冷気と静寂がいつも支配している。そんな中、王女ノクティア・フロストナイトは、自室の大きな窓から外の凍てつく景色を眺めていた。


彼女はため息をついた。


「友達、欲しいな……」


彼女の声はかすかな風に消え、誰も聞いていない……かと思ったが、実は彼女の影の中にもう一人の存在がいた。


「……王女様、何かお困りですか?」


その声は、低く冷静だった。王女の影から現れたのは、護衛騎士のダリオ・シャドウスノウだ。いつものように彼は無表情で、落ち着いた態度を崩さない。彼は王女の影に潜むことで、常に彼女を守っている。ノクティアが微かに驚いたように彼を見た。


「ダリオ……いきなり現れないでくれる? 心臓が飛び出そうだったわ」


「申し訳ありません。しかし、王女様がため息をつかれていたので、何か重大な問題かと……」


「……ただ、ちょっと考え事をしていただけよ」


ノクティアはそう言って、また窓の外を眺めた。しかしその視線の先には何も見えていないようだった。


「考え事、ですか?」


「ええ。実はね、ダリオ……私、友達が欲しいの」


「……友達、ですか?」


ダリオはまるで知らない言葉を聞いたかのように首をかしげた。彼の無表情さはそのままだったが、王女には彼が少し困惑しているのがわかった。


「そう。友達。わかるでしょう? 誰かと話をしたり、一緒に笑ったりする相手のことよ」


「……わかりません」


その答えはあまりにも即答で、ノクティアは思わず笑ってしまった。


「さすがね、ダリオ。全然わかってないわね」


「私の職務は、王女様を守ることです。友達とは、その……必要なものなのでしょうか?」


ノクティアは苦笑しながら首を振った。


「必要かどうかはわからないけど……やっぱり一人でいるのは少し寂しいものなのよ。特に、私みたいに感情を抑えなければならない立場だとね」


ダリオは黙って彼女の言葉を聞いていた。彼は護衛として、常に王女の安全を第一に考えてきた。しかし、彼女が孤独を感じているとは思わなかった。だが、内心で理解できる部分もあった。彼自身も、感情を表に出すのが苦手だからだ。


「……王女様が寂しいと感じているなら、私がその……友達になれば良いのでは?」


その提案に、ノクティアは驚いて目を見開いた。


「え? ダリオが……私の友達に?」


「はい。私は常に王女様の近くにいますし、他の者とは違って、王女様の感情を多少理解できると思います。友達という役目も……引き受けられるかもしれません」


ダリオは無表情のままだが、どこかぎこちない雰囲気を感じさせる。その姿に、ノクティアはまた笑いそうになった。


「でも、ダリオ。それだと私たちが友達ってことになってしまうわよ」


「それが問題ですか?」


ノクティアは少し考え込んだ。ダリオと友達になる……それは少し違うような気もするが、でも彼の存在は確かに安心できるものだった。そして、ダリオの提案には、彼なりの真剣さが感じられる。


「うーん……まぁ、ダリオと友達になるのも悪くないわね。でも、できれば他にも……もっと普通の友達が欲しいの」


「普通の友達、ですか?」


「そう、普通の。私のことを王女としてじゃなく、ノクティアとして接してくれるような……」


ノクティアは言葉を探しながら、再び窓の外を見つめた。静かな氷の世界が広がっているが、そこには彼女の望むような「普通の友達」はいない。


「でも、私にはそれが難しいのよ。だって、私の周りにはみんな私を『王女』としてしか見ていないし、氷と闇の力もあるから、みんな少し怖がっているの」


「王女様が怖い、とは思いませんが……確かに、接しにくいかもしれません」


「……接しにくいって、やっぱりそう思うのね」


ダリオは何も言わず、無表情のままノクティアを見つめている。その視線に少し照れくさくなったノクティアは、頬を赤らめながら言った。


「で、どうやって友達を作ればいいのかしら? ダリオ、アドバイスしてくれる?」


「友達を作る方法……ですか? それは……私もわかりませんが……」


ダリオは少し困惑した様子を見せたが、しばらく考えた後、静かに言葉を続けた。


「まず、王女様がもっと……感情を表に出しても良いのではないでしょうか。王国の伝統では感情を抑えることが重んじられていますが、少しでも……笑顔を見せたりすることで、周囲も近づきやすくなるかと」


「笑顔……ね」


ノクティアはその言葉を反芻し、少し笑ってみようと口元を緩めた。しかし、それはぎこちなく、不自然な笑顔だった。


「……なんだか、うまくいかないわね」


「無理をする必要はありません。少しずつで良いのです」


「……ありがとう、ダリオ」


ノクティアは照れくさそうに笑った。それを見て、ダリオは少しだけ微笑みを浮かべた……が、すぐにそれを引っ込め、元の無表情に戻った。


「いつでも、王女様の助けになります」


こうして、友達作りに奮闘する王女ノクティアと、それを影から支える騎士ダリオの、少しずつ変わり始める日々が始まったのだった。

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