第9話「天空の力を味方に」

 冬の厳しい寒さが訪れた頃、グリーンウィンド村に新たな危機が迫っていた。


「最近、雷の被害が増えているんだ」


 村長のアルベルト・グリーンリーフが、深刻な表情で村の集会所で報告した。


「このままでは、家畜や作物に大きな被害が出るかもしれない」


 村人たちの間で不安な声が広がる。その時、綺羅が前に進み出た。


「村長さん、私に対策を考えさせてください」


 アルベルトは驚いた表情で綺羅を見た。


「綺羅か。だが、雷は神の怒りだと言われているぞ。人間に何ができるというのだ?」


 綺羅は自信に満ちた笑顔で答えた。


「雷は自然現象です。科学的に対処することができるんです」


 村の高台に立った綺羅は、慎重に周囲を観察した。


「ここなら……」


 綺羅の目が輝く。ガレスが興味津々で尋ねた。


「何か良い考えが浮かんだのか?」


 綺羅は嬉しそうに答えた。


「はい。ここに避雷針を設置するんです。雷を安全に地中に逃がすことができるんですよ」


 ガレスが首を傾げる。


「避雷針?それは一体何だ?」


 綺羅は丁寧に説明を始めた。


「金属の棒を高い場所に立てて、雷の電気を地中に逃がす装置です。これで建物や人々を守ることができます」


「本当か?」ガレスの目が希望に輝いた。


 綺羅は微笑んで答えた。


「さあ、みんな! 今日は村の安全のために、避雷針を作りましょう!」


 綺羅の呼びかけに、集まった村人たちから歓声が上がった。


「おお! 任せてくれ!」


 ガレスが力強く応える。子供たちも、興奮した様子だ。


「わあ! 避雷針ってかっこいい! 僕も手伝うよ!」


 綺羅は村人たちを班に分けた。金属加工班、塔の建設班、導線の埋設班。それぞれの役割に応じて、村人たちは意欲的に作業を始める。


 金属加工班では、村の鍛冶屋が中心となって作業を進めていた。


「よし、この鉄棒を切って、先端を尖らせるんだ!」


鍛冶屋の指示に、若者たちが次々と金属を加工していく。


「おお、これでバッチリだな!」


出来上がった避雷針の先端を見て、鍛冶屋が満足そうに頷く。


 塔の建設班では、大工を中心に村人たちが協力して作業を進めていた。


「この材木を組み合わせて、高い塔を作るのよ」


 エリーゼが子供たちに説明する。


「わかった! 僕たち、運ぶの手伝うよ!」


 子供たちは元気よく材木を運び始めた。大人たちも、手際よく材木を組み上げていく。


 導線の埋設班は、村の外れの広場で作業をしていた。


「この銅線を地中深くまで埋めるのが、私たちの仕事よ」


 オリヴィアが村人たちに語りかける。


「土を掘るのは大変だけど、みんなで協力すればきっとできるわ」


 村人たちは頷き、スコップを手に地面を掘り始めた。


「みんな、調子はどう?」


 綺羅が各班を回って、作業の進捗を確認する。


「順調だよ! この調子なら、今日中に完成しそうだ!」


 ガレスが嬉しそうに報告する。


「素晴らしいわ! みんなの協力があれば、きっとうまくいくわ」


 綺羅も笑顔で応える。


 村人たちは和気あいあいと作業を進めていく。時折、笑い声や楽しそうな会話が聞こえてくる。


「ねえ、あそこ掘るの手伝ってくれる?」

「もちろん! お互い様だよね」


「この材木、うまく組み合わせられたかな?」

「ええ、ぴったりよ! さすが腕利きね」


 村の子供たちは、大人たちの作業を興味深そうに見つめている。


「すごいなあ……。避雷針ってどうやって雷を防ぐの?」


 綺羅は子供たちに優しく説明する。


「避雷針は、雷の電気を安全に地面に逃がしてくれるの。これがあれば、雷から村を守ることができるのよ」

「へえ! 科学ってすごいんだね!」


 子供たちの目が、キラキラと輝いた。


 日が傾きかけた頃、避雷針の完成が近づいていた。金属の先端、高い塔、地中の導線。すべてが寸分の狂いもなく組み上げられている。


「よし! これで完成だ!」


 ガレスが大きな声で宣言する。村人たちから、大きな歓声が上がった。


「ありがとうございます、みなさん。一人一人の力があって、こんなに立派な避雷針ができました」


 綺羅が村人たちに感謝の言葉を述べる。


「これで村に安全が訪れますように」

「ああ、そうだといいな」

「綺羅の知恵に感謝だよ」


 村人たちも口々に綺羅をたたえる。


 こうして、村人たちの団結と綺羅の知恵が結実した避雷針が、村の安全を見守ることになった。そして、その効果はすぐに現れた。


「驚いたぞ!」ガレスは感激の声を上げた。「本当に雷が避雷針に落ちて、村が無事だった!」


 綺羅は誇らしげに避雷針を見上げた。そこへエリーゼが近づいてきた。


「すごいわ、綺羅。あなたの知恵が、また村を救ったのね」


 綺羅は照れくさそうに首を振った。


「いいえ、これもみんなの協力があってこそです。それに……」


 綺羅は空を見上げた。


「私にはまだまだ探求すべきことがたくさんあるんです。この世界の自然現象の不思議を、もっと解明したい」


 エリーゼは綺羅の横顔を見つめ、優しく微笑んだ。


「そうね。あなたの好奇心が、きっと私たちの世界をもっと安全で豊かなものにしていくわ」


 避雷針の下で、二人は自然の力と科学の可能性について語り合った。


 その時、村長のアルベルトが近づいてきた。


「綺羅、君の功績は本当に素晴らしい。しかし、一つ気になることがある」


 綺羅は不思議そうな顔でアルベルトを見た。


「何でしょうか、村長さん?」


 アルベルトは少し躊躇いがちに続けた。


「君の知識は、どこから来ているんだ? 時々、君が話す言葉や概念は、私たちの知らないものばかりだ」


 綺羅は一瞬言葉に詰まった。そして、深呼吸をして答えた。


「実は……私には前世の記憶があるんです。別の世界で科学者として生きていた記憶が」


 アルベルトとエリーゼは驚きの表情を浮かべた。


「そんな……」エリーゼが小さな声で呟いた。


 アルベルトは厳しい表情で綺羅を見つめた。


「それは本当なのか? もし嘘だとしたら……」


 綺羅は真剣な眼差しで二人を見た。


「嘘ではありません。私の知識は、この村のため、そしてこの世界のために使いたいんです。どうか、信じてください」


 一瞬の沈黙の後、アルベルトはゆっくりと頷いた。


「わかった。君の行動が、その言葉の証明になっている。これからも村のために力を貸してくれ」


 エリーゼは綺羅の手を握り、目に涙を浮かべながら言った。


「私は何があってもあなたの味方よ、綺羅」


 綺羅は安堵の表情を浮かべ、二人に深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。これからも、みんなと一緒にこの村を、そしてこの世界をよりよいものにしていきたいです」


 避雷針の影が長く伸びる中、三人は固い絆で結ばれた。綺羅の秘密は、彼女の新たな挑戦の始まりとなった。

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