第6話「土壌の秘密を解き明かす」
春の訪れとともに、グリーンウィンド村では新たな作付けの季節が始まっていた。しかし、村人たちの表情は晴れなかった。
「ここ数年、畑の作物の出来が悪いんだ」
農夫のトーマス・フィールドワーカーが、集会所で訴えた。
「土地が疲れてしまったのかもしれない」
綺羅は、トーマスの言葉を聞いて顔を上げた。
「トーマスさん、その土地を見せていただけますか?」
トーマスは少し驚いた様子で綺羅を見つめた。
「ああ、構わないが……君に何ができるんだい?」
綺羅は自信に満ちた笑顔を浮かべた。
「土壌の状態を調べれば、何が足りないのか分かるはずです」
畑に着いた綺羅は、慎重に土を手に取り、匂いを嗅ぎ、触感を確かめた。
「なるほど……」
綺羅の表情が明るくなる。エリーゼが好奇心旺盛な目で尋ねた。
「どうなの、綺羅?何か分かった?」
綺羅は頷いて答えた。
「ええ、この土壌は窒素が不足しているわ。でも、簡単に改善できるはずよ」
トーマスが首を傾げる。
「窒素?それは一体何だい?」
綺羅は丁寧に説明を始めた。
「植物の成長に欠かせない栄養素の一つです。でも心配しないでください。私たちにはすでに解決策があるんですよ」
「本当かい?」トーマスの目が希望に輝いた。
綺羅は微笑んで答えた。
「はい。覚えていますか?以前作ったチーズの副産物、ホエイを」
綺羅の提案で、村人たちは協力してホエイを土壌に混ぜ込んでいった。ホエイはチーズ製造の副産物で、乳清とも呼ばれる。このホエイには、窒素、リン、カリウムなどの植物の生育に欠かせない栄養素が豊富に含まれている。
特に窒素は、植物の緑色部分の成長を促す重要な元素だ。土壌中の微生物によって分解されたホエイは、アンモニア態窒素として土壌中に取り込まれ、硝化菌によって亜硝酸態窒素、硝酸態窒素へと変換される。これらの形態の窒素は、植物の根から容易に吸収されるため、作物の生育を助ける。
またホエイに含まれる乳酸は、土壌の酸度を調整する働きもある。ほとんどの作物は、弱酸性から中性の土壌を好むため、ホエイの添加は土壌環境の改善にも一役買う。
さらに綺羅は、豆科植物を輪作に取り入れることも提案した。豆科植物の根には根粒菌が共生しており、この菌は空気中の窒素を固定して植物に供給する。つまり、豆科植物を栽培することで、土壌中の窒素を自然に増やすことができるのだ。
例えば、マメ科のクローバーを栽培した後の土壌は、窒素が豊富になっている。この土地で次の作物を育てれば、追加的な施肥なしに良好な生育が期待できる。綺羅の提案は、この輪作のメリットを活用しようというものだった。
村人たちは最初こそ戸惑ったものの、綺羅の説明を聞いてその効果に期待を寄せた。
「ホエイも豆も、もともとは食べ物やチーズを作る過程の副産物。それを有効活用するなんて、まさに一石二鳥ね!」
オリヴィアが感心したように言う。エリーゼも目を輝かせた。
「お味噌を作る時の大豆のカスも、きっと同じように使えるわね!」
村人たちは早速、ホエイの散布と豆科植物の種まきを始めた。それは、村の畑に新しい命を吹き込む作業でもあった。
数ヶ月後、畑は見違えるように生き生きとした作物で溢れていた。
「信じられない!」トーマスは歓喜の声を上げた。「こんなに豊作になるなんて!」
綺羅は誇らしげに畑を見渡した。そこへガレスが近づいてきた。
「また村を救ったな、綺羅」
綺羅は照れくさそうに首を振った。
「いいえ、これもみんなの協力があってこそです。それに……」
綺羅は遠くを見つめた。
「私にはまだまだ学ぶべきことがたくさんあるんです。この世界の自然の仕組みを、もっと理解したい」
ガレスは綺羅の横顔を見つめ、静かに頷いた。
「ああ、お前ならきっとできる。俺たちも一緒に学んでいくよ」
豊かな実りに包まれた畑で、二人は未来への希望を語り合った。
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