第2話「科学の力で水を清めて」

 グリーンウィンド村に異変が起きたのは、綺羅が転生して4年が経った夏のことだった。村の中心にある大きな井戸から汲み上げられる水が、日に日に濁りを増していったのだ。


「これじゃあ、飲み水にも使えないわ」


 オリヴィア・ハーブウィズダム薬師が、心配そうに井戸を覗き込んだ。周りには村人たちが集まり、不安な表情を浮かべている。


「どうしましょう、村長さま」


 村長のアルベルト・グリーンリーフは、深いしわを刻んだ額に手を当てて考え込んでいた。


「う~む、これは困った……」


 その時、人だかりを掻き分けるようにして、一人の少女が前に出てきた。


「村長さま、私に調べさせてください」


 綺羅の声に、村人たちの視線が集まる。


「綺羅か。確かにお前なら何か良い考えがあるかもしれんな」


 村長は少し考えてから、頷いた。


「わかった。任せよう」


 綺羅は早速、井戸の水を慎重に観察し始めた。濁りの色、臭い、そして味。すべての情報を頭の中で整理していく。


「これは……」


 綺羅は目を輝かせた。前世の知識が、彼女の中で答えを導き出していた。


「村長さま、これは地下水脈の変化によるものだと思います。おそらく、近くの鉱山から鉄分を含んだ水が流れ込んでいるのでしょう」


 村人たちはその説明に首を傾げた。しかし、綺羅は続けた。


「大丈夫です。これなら簡単に浄化できます。砂と小石、そして炭を使って濾過装置を作りましょう」


 綺羅の指示のもと、村人たちは協力して大きな濾過装置を作り上げた。この装置は、いくつかの層から成り立っており、それぞれの層が水の浄化に重要な役割を果たしている。


 まず、最上層には細かな織物が敷かれた。この布の層は、大きなゴミや不純物を取り除くと同時に、下の層の砂や活性炭が流出するのを防ぐ働きもある。


 布の下には、粉末状の活性炭の層が設けられた。活性炭は、その表面に無数の細かな穴があり、水に含まれる有機物や化学物質を吸着する性質を持っている。これにより、水のにおいや味を改善することができる。


 活性炭の下には、粒径0.2mmから5mmほどの砂の層が重ねられた。この砂の層が、濾過装置の中で最も重要な役割を果たす。砂の粒子の間の隙間は非常に小さく、水に含まれる微細な不純物や懸濁物質を効果的に取り除くことができる。また、砂の層は、水の流れを遅くすることで、ろ過の効果を高めている。


 砂の下には、粒径約5mmから20mmほどの小石の層が設けられた。この層は、砂層を支えると同時に、より大きな不純物を捕捉する。


 最下層には大きめの砂利が敷き詰められた。この層は、濾過装置の基礎となる部分で、上の層を支える役割を果たす。砂利の大きさは、直径約20mmから40mmほどのものが選ばれた。


これらの層を水が上から下へと通り抜けていく間に、不純物が次々と取り除かれ、最終的にはきれいな水が濾過装置の下部から流れ出てくるようになっている。


この濾過装置は、綺羅が前世で学んだ知識を基に設計されたもので、村人たちの手で丁寧に作り上げられた。層状の構造と、それぞれの層に用いられた材料の選定は、水の浄化に関する科学的な原理に基づいている。


「さあ、水を通してみましょう」


 濁った水が装置の上から注がれると、徐々に透明になっていく。最後に出てきた水は、驚くほど澄んでいた。


「こ、これは……!」


 村人たちから驚きの声が上がる。


 オリヴィアが恐る恐る水を一口飲んでみると、


「美味しい! まるで湧き水のようだわ」


 歓声が上がった。綺羅の功績に、村中が沸き立つ。


 その夜、綺羅はエリーゼと星空の下で話していた。


「すごいわ、綺羅。村中があなたのおかげで救われたのよ」


 エリーゼの目は輝いていた。綺羅は少し照れくさそうに笑う。


「いいえ、みんなで協力したからできたんだよ。それに……」


 綺羅は夜空を見上げた。


「この世界にはまだまだ謎がたくさんある。私は、その謎を一つずつ解き明かしていきたいんだ」


 エリーゼは綺羅の横顔を見つめ、静かに頷いた。


「私も一緒に頑張るわ。二人なら、きっと何でもできるはず」


 無事に水が綺羅になり村人たちが去った後、綺羅はほっとため息をついた。


「ふー、緊張したわー」


 エリーゼが驚いた顔で綺羅を見た。


「え? 綺羅が緊張するなんて珍しいわね」


 綺羅は少し恥ずかしそうに頬を掻いた。


「だって、みんなの前で話すの、まだ慣れてないんだもん。実は膝が震えてたの、気づかなかった?」


 ガレスが優しく笑った。


「へえ、お前もそういうところがあるんだな。なんだか安心したよ」


 綺羅は膨れっ面をしてガレスを睨んだ。


「もう! からかわないでよ」


 三人は楽しそうに笑い合った。科学者としての顔の裏に隠れた、等身大の少女の姿がそこにはあった。

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