第2話 蜜蜂と石窯パンと四季君と
「堤さんも、山歩き?」
あたしの登山ルックを頭からつま先まで視線でさっとなぞった四季君が、楽しげに目を細める。
『も』、という事は、四季君も山歩きをしていたということだろうか。シャツにジーンズという、コンビニに行くみたいな軽装で。しかも、非常食どころか、水すら持たず。
立ちあがったあたしは、お尻についた泥を叩いて落としながら、「山歩きっていうか……」と言い淀んだ。こんなところでパン屋を探していると言えば、変人扱いされるのではないかと危惧したからだ。けれど、そうだこれにはマネージャーとしての崇高な目的があったのだと思い出し、むんと胸を張る。
「サッカー部の活動の一環で、パン屋を探してます!」
「パン屋!?」
四季君の垂れ目が大きく開かれ、声が裏返った。
「あるんだよ! 先輩が嘘つくわけないもん!」
「そうなんだ……。なに先輩?」
「二年の工藤先輩。サッカー部のエースだよ。知らないの?」
「はて」
四季君がポケッとした顔で、こくん、と首を横に傾げる。彼は学校でもこんな感じだ。他の男子達みたいに、ちょっとでも自分を良く見せたいとか、カッコよく振る舞いたいとか、そういう気持ちが全然伝わってこない。良く言えば自然体。悪く言えば無頓着だ。
「ここら辺、俺の爺ちゃんの土地なんだよ。あっちの方に杉の大木があって、そこから向こうの沢あたりまでが、うちんとこなんだけど……」
森の中を指さしながら説明してくれた四季君は、その手を自分の口元に持ってくると、「けどパン屋なんてあったかなあ」と呟いてまた首を傾げた。
「四季君はどうしていきなり飛び出してきたの? 猪にでも遭遇した?」
「いや。遊んでただけ」
「遊んでたって……」
トレイランニングというやつだろうか。それとも、山菜取りだろうか。何にしても、ここら辺の土地主なら何か有益な情報を訊き出せるかもしれないと思い、あたしはポケットからスマホを取りだした。衛星画像を開き、件の建物周辺をズームする。
「ほら、これ。家っぽくない?」
四季君に見せる。山林をスプーンでくりぬいたような開けた場所に、煙突屋根らしきものが映っている。
「へー。ほんとだ」
スマホを受け取った四季君が、長い指先でするすると画面を撫でながら画像を確認する。ほどなくして、「あー。はいはいはい」と、こくこく頷いた。何か分ったらしい。
あたしは期待を込めて、四季君に近寄る。
「知ってる?」
「知らない」
なんじゃそりゃ。思わず口にすると、ここら辺は普段の散歩コースから外れているから行ったことがないのだ、と四季君。
遊びって、散歩だったのか。犬かよ。と心中で突っ込みながら、あたしは人差し指でスマホの画面をコツコツと叩く。
「でもココから近いはずなんだよね」
「確かに直線距離では二キロ離れてないみたいだけど、沢の向こうだし。道路使うとなると多分、ぐるっと回んないと。建物までの道は……あるっぽい、けど……」
限界まで拡大した画像に顔を近づけた四季君が、難しい顔で、うーん、と唸る。
その時、ブブブという虫の羽音が頭上から聞こえた。顔を上げると、黒っぽい小さな虫が一匹、ホバリングしていた。
「日本蜜蜂だ……」
四季君が呟く。
と、虫がホバリングをやめた。すい、とどこかへ飛んでいく。
「あっ!」
叫んだ四季君がスマホをあたしに押しつけ、虫の後を追いはじめる。
「堤さん、こっち!」
呆然としているあたしに振り返り、手招きした。続いて、驚くべき言葉を口にする。
「パン屋、見つかるかも!」
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