第11話 過去と予感

 皇帝の腹違いの兄、ベネディクトが宮廷にやってきた。彼の出現は社交界に波紋を落とす。


 ベネディクトという男をら宮廷はまだよく知らなかった。

 彼は前皇帝の私生児で侯爵の地位が与えられている。ハンサムで、洗練されていて、ある種魅力的な人物だ。


 オーガストはわざわざ義兄を呼んで歓迎の意を伝えたらしい。皇帝が義理の兄を嫌っている、という話もあった。だが見たところ、嫌っているのはベネディクトの方だ。彼は弟と宮廷社会を見下していた……



「ねえ、ベネディクト……お義兄様はいつまで宮廷にいるのかしら」

 私は朝、ベッドを抜けて質問した。


 オーガストはもう着替え終わっている。


「さあ、義兄あにの性格はよく知らないしな。でも飽きてすぐ領地に帰るんじゃないか。それとも単に外国に行く話を私に伝えにきただけかもしれない」


「外国に?」

 鸚鵡返しに言った。


「国内では退屈するんだろう」


 オーガストも義兄については特に考えはないようだ。


 外国に行けば、オーガストは二度と私たちを見つけることはできない。外国に行きさえすれば!


 私は厳しいばかりの視線で彼を見つめた。


「どうした?」

 オーガストは私の視線に驚いたように言う。

「朝、君はうなされていたけど。大丈夫?」


「なんでもないのよ。それより街道のことを教えてちょうだい」



 昨夜ゆうべ、ソフィーが殺される夢を見た。彼女は本当に死んだのだ。ソフィーは、私のかつての唯一の友だちは、寒さの中、飢え死にしたんじゃない。

 まだ七歳だった。そして、私は十八歳だったのだ。


「エスメ、ひどいことを見たのよ」

 ソフィーが茶色のおかゆをつっつきまわしながら言う。真っ青な顔をしていた。


 私たちは納屋の木箱の上で食事をとっている。


「ひどいことって。それって私たちに関係することかしら」

 そう言って冷たいおかゆを口の中に放り込んだ。ひどい味だ。

 

「いいえ。彼女は奴隷ではなかった。貴族だったと思うわ」

 ソフィーが震えながら言う。


 私はソフィーを抱きしめた。

「怖かったでしょうね。でも見ても聞いても話してもダメなの、私たち奴隷は。それが生き残る術なのよ」


 次の日の夜、ソフィーは納屋に帰ってこなかった。私は彼女を探しに出た。無断で寝床を出れば鞭打ちになるかもしれない。下手すれば殺されるかもしれない。

 でも、ソフィーが心配だった。明らかに何かが起こったのだ。


 屋敷の庭の方から地面を掘る音がする。震える体を無視し、忍び足で近づいた。男二人で地面をほっていた。屋敷の使用人だ。何かが布にくるまれている。だらりと突き出した、青白い小さな手……

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