第12話 陰謀
日曜の午後はウィルと一緒に過ごせる時間だ。
いつも通り、私が中庭に行くと、ウィルは木陰にいる誰かに話しかけていた。夢中になって話している。嬉しそうな顔だ。りんごのように赤いふっくらとした頬。喜びで輝いた茶色の瞳。風にそよぐ草。やわらかい日差し。幸福そうだ……
私はそっと近づいた。気づかれる前に話し相手を見たかったのだ。男だった。腰をかがめ、熱心にウィルの話を聞いている。傲慢な、支配的な目。薄青い瞳。
こうして見ると、ウィルは父親にそっくりだ。髪の色の顔の造作も、仕草も。温かい茶色の瞳以外は。
私は二人が並んで立っている光景に慄然としてしまった。
「ウィル、お母さんよ。ベネディクト様、ご機嫌よう」
ウィルを引き寄せた。ベネディクトは暗い、恐ろしい目つきでこちらを見ている。さっきまでの愉快がるような表情とは大違いだ。
「無礼をお詫びします。皇妃殿下のご子息とは知らずに……」
もちろん彼はすべて知っているのだ。すべて知っていて話しかけたのだ。
ウィルと二人で子ども部屋に入った。茶色い長い毛をした犬がご主人のもとへ駆け寄ってくる。すぐにズボンがよだれだらけになった。
ふっとウィルが何か手に持っているのに気づく。獰猛なライオンの頭、肉欲のヤギの胴、狡猾なヘビの尾。キメラのおもちゃだ。
地面にそって動かすと、へびの尻尾がうねうねとのびる。なんだか不気味だ。
「それってさっきの人がくれたのね」
私がさりげなく言う。
「そう、ベネディクトおじさんが。かっこいいでしょ?」
ウィルは気に入っているのだ。いよいよぞっとしてきた。
「ベネディクトおじさんと何を話していたの?」
ウィルがちょっと顔を曇らせる。
「僕のお父さんがどこかってこと。でもちょっと変だよね。皇帝のいるところなら他の人に聞いた方がいいし。それに、もし違う意味だとしても、つまり、皇帝の居場所じゃなくて、「僕の父親」について聞いてるんだとしたら、もっとおかしい。ねえ、母さん、あの人が僕の本当のお父さんなの?きっとそうでしょう?ちょっと話しただけでわかった。しっくりきたんだ」
「あなたに嘘は言いたくないわ」
慎重に言葉を選んだ。
「たしかにあの人は父親よ。でも、お母さんとお父さんは仲がよくないの。こんなこと言うなんて胸が痛いけれど、あの人はひどかったわ。お父さんは私を愛したことはなかったし、大切にしようともしなかった」
ウィルを傷つけることになっても、真実は隠しておけない。ベネディクトが巧みな嘘でウィルを混乱させるよりはましなのだ。
ところで宮廷ではどんどんと不穏な空気が広がっていっていた。
浮き足だった貴婦人たちは、ベネディクトがやってくる夜会で、物憂げにため息なんかついている。ある種の貴族の男性、野心家の男性たちの目には狂気にも近い、希望の光が見え隠れしていた。
「侯爵も気の毒な方だわ。出自を理由に辺境に追いやられてしまって。ベネディクト様だって陛下と同じくらい……、それ以上の能力をお持ちでしょうに。皇帝も薄情な方ね」
ベネディクトは女たちを魅了した。それだけではなく、宮廷の何人かの貴婦人とは床を共にしたのではないか。女たちはハンサムな侯爵に熱狂し、同情していたのだ。
私は宮廷の人たちの忠誠心が揺らぎつつあるのを、それとなくオーガストににおわせた。ベネディクトは甘い約束を餌に、オーガストの廷臣たちを取り込もうとしている。彼こそが皇帝の地位にふさわしい、と。
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