第9話 散財&散財計画

 変人になりすます計画は失敗に終わった。次に実行にうつすのは、国庫を空にする勢いで散財するというもの。


 手始めに宝石やドレス、靴を買いあさった。だけど、皇妃が身なりに莫大な費用をかけるのは珍しいことではない。


 毎夜、天蓋てんがいの間でパーティーを開く。黄金色のシャンパンや大きな花をかたどった林檎のパイ、チュチュを着た踊り子たち。時刻になると、円形の天蓋が開く。花火が夜空に上がるのだ。


 パーティーはなぜか好評だった。宮廷人も日々の娯楽には飽き飽きしているのだ。私はへとへとになってしまった。毎日夜明けごろまで起きてるなんてできっこない。

 寝不足で落馬事故を起こしかけ、中断することになった。ウィリアムのためにも、首の骨をおって死ぬわけにはいかない。


 ふざけ半分にお菓子の家を作らせたこともあった。子どもたちは喜んだけれど、皇族らしい散財ぶりには及ばない。私には莫大な財産を使うのに必要な創造性が欠けているのだ。


 国庫を破綻させようという計画は、私を疲弊させるだけだった。相変わらず、ウィリアムと一緒に過ごす時間は短い。雀の涙ほどの時間だ。


「そういう手は、オーガストには効かないわ」

 ハンナが笑いながら言う。


 私は呆然として、お菓子の家を眺めていた。青い鳥がやってきてチョコレートの屋根瓦をついばんでいる。


「そういう手ってなんのことかしら」

 ぼんやりとした頭でたずねた。


「あら、何かしらね。あなたは無茶なことをやってオーガストに嫌われようとしてるわ。変なパーティーとか変な髪型とか。でも、オーガストはやっとあなたを手に入れたんですもの。嫌いにはならないわ。彼には計画があるの。生涯の伴侶はあなたってもう決まっているのよ」


「彼が憎いわ。息子を奪って、私を宮廷の中に閉じこめて」

 ため息をつく。


 ハンナは同情するように見た。

「ウィリアムのことなら、私からも弟を説得してみせるわ。もっと一緒にいられるように」


「彼は私をウィリアムに会わせたくないのよ。苦しめたいの。私に怒ってるのよ」

 疲れ切った声で言う。


 以前にもオーガストのような人がいた。強引なまねをして自分の計画に引き込み、全てを要求してくる。与えても与えても彼は満足することはない。私はそばに立って、彼が欲するものを手に入れてゆくのを眺めているだけ。


 オーガストは私から奪うにも奪えないものを狙っているのだ。


「オーガストはあなたを愛してるわ」

 ハンナがそう言う。


「私を?」


 彼が愛してるのはイヴリンなのだ。エスメラルダではない。だがハンナにそんなことを言ったって意味はないだろう。



 ところで私たちの寝室はすごく穏やかだった。口論することもない。彼は何か読み物をしているし、私はそういう彼を眺めるか刺繍をしてみるか。


 なんというか、私に関心があるように見えないので、どうして結婚を望んだのか不思議に思ってしまう。もちろん無関心なのはありがたいことなんだけど。


「街道をつくろうと考えているんだ」

 彼がいきなり話しかけてきた。


「そうなの」

 

 どう言ったらいいのかわからない。政治とか事業とか、特に意見はないのだ。


「もし本当に取りかかるとなったら壮大な事業だよ。国内の輸送にもいいし、なんといっても奴隷売買の横行に歯止めをきかせられる。街道を通れば国内の移動も安全なんだ」


「奴隷の問題に関して、心を砕いているのね」

 そう言って彼の手に触れる。


 オーガストは計画している事業に夢中になっていた。そして、真剣に思い悩んでいた。


「ああ。法律で禁じたんだ。だが、都市の法律の行き渡らないところでは、状況は変わらない。街道は国を変えるんだ。だが、街道は他国の侵略や国内の反乱をたやすくする、という意見もある」


「街道もつくれない他国に侵略なんてできるかしら」

 私は彼を励まそうとした。

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