1-15 『神崎恭也』




祐が病室を出て、数分後。

ヤンキー座りでガサガサと瓦礫を漁っていた恭也が突然立ち上がり声を上げた。


「よおぉぉっし!」


体育座りで二人して座り込んでいた少女達は突然の叫び声に体をビクッと振るわせる。

二人が恭也に目を向けると、恭也はニコニコしながら二人の元へ近づいて来た。


結束は立ち上がって、恭也に声をかける。


「もう調査は終わったの?」

「ん?いや、もう祐は病院出た頃かなって」

「……………え?」


恭也の言葉の意味が理解できず、結束は首を傾げる。


「霊力の調査なんてそんな時間かからないよ。てか、残滓の回収だけだし。君ら3人の会話に参加する前から、作業は終わってた」

「それなら、なんで…………」

「君と、話がしたかったんだ。祐がいないところでね」

「はえええぇ!?そっ、それって……くど……」


明音が勢いよく立ち上がり、過剰な反応を見せる。

本当にこの子は脳内がお花畑みたいだ。

もちろんいい意味で。

恭也は爽やかな笑顔でさらりと返す。


「別に、やましいことじゃないよ。秘密の話ではあるけどね」

「ひ、秘密って………!」

「祐君についての話」

「……………ああ」


明音のテンションが露骨に下がる。

この子は本当に祐のことが嫌いみたいだ。

出会ったばっかりでもう嫌われるなんてなかなかやるなあ祐。


「ま、邦霊の話もちょっと絡んでくるけどね。祐の話っていうよりは、事務的な話だよ」

「なるほど……そうですか」


恭也のフォローに明音はとりあえず納得したようだった。


「うん、そ。てことで、君には席を外して欲しい」

「えっ」

「さっきも言ったように、ちょっと秘密の話なんだ。できれば聞いている人は少ない方がいいかな」

「で、でも………」


オロオロと戸惑う明音に結束が横から口を挟む。


「心配しなくとも彼女は話を聞いたところで口外したりしないわ。私が止めれば、彼女は言わない」

「………ふむ。たしかに君が言うならそうなのかもね。でも、それは正直どうでもいいかな」

「……どういうこと」

「誤魔化しても意味ないっぽいから、包み隠さず言うよ。口外されることよりも、そもそも明音ちゃんに聞かれることを避けたいんだ」

「…………そう」


きっとこの話は、明音ちゃんの気分を害する。

祐の話ということもあり結束もそれを察したようだが、口には出さない。ただ、気まずそうに明音を見る。


「……ごめん、明音。ちょっとだけ、席を外してて」

「むうぅ。最近の結束様は私に秘密ばっかりです」

「ご、ごめんね、ほんとに。でも状況が状況で………」

「はあ………」


疲れと呆れが混ざったようなため息を吐き、明音は恭也の方を向く。


「………恭也さん。私は、あなたを信じたい」

「うん。僕も信じてもらえると嬉しいな」

「でも、信用できない」

「あれれ」

「神崎という聞いたことがない名前の人が、こんな時間に何故か如月の任務地にいる。それに………無名の人間だというのに、霊獣を一瞬で掃討するあの実力。あなたには謎が多すぎて、どれだけ信じたくても信じきれません」

「………………」


どうやらこの子は如月結束と違い、私情と仕事の切り離しが出来ているようだ。

まあそれが普通なんだけど。


「うーん。まあそっか。普通に考えたらそうだよね。なら……」


恭也は懐から一枚の霊符を取り出す。


「あなた………!」

「っ!あなたもさっきの人みたいに、私達を脅すつもりですかっ!」

「いや、僕は祐みたいな怖いことは嫌いだ。それにほら、これ、剛弾符じゃあないでしょう?」


恭也の言葉に二人はキョトンとして目を細める。


「「…………転界符?」」


二人は綺麗に口を揃えて言う。


……………っと。

危ない危ない。

美少女の合唱が実に微笑ましくて「うわ、くそ萌える」って言いそうになってしまった。


如月結束はともかく、明音ちゃんには気に入られちゃった手前、出来るだけ好青年を演じなくては。


………爽やかな笑顔。

爽やかな笑顔。


…………表情筋きつ。



「実は君達ほどではないけど、僕も今日の実技試験でだいぶ霊力を使っちゃってねえ。あの霊獣をぶっ飛ばした時に霊力が残り半分切っちゃったみたいなんだ」


その言葉で何かを察したのか、結束は目を見開く。


「あなたまさか………」


その様子を見て、恭也はニッと笑う。

そしてその瞬間…………フッと、恭也は二人の視界から姿を消した。


「!……消えた!?」

「落ち着いて、多分すぐ近くにいる。彼は………」


結束が周りを見渡すように後ろを振り向くと、恭也は脱力したように腰を落として地べたに座り込んでいた。


「あら、見つかっちゃった」

「な……何がしたいんですか、あなたは……」

「今僕は転界符を使ったことで霊力が下限を超えた。知っての通り、霊力下限界欠乏エーテルダウンになると一切の霊術行使が出来なくなる。もう僕は、結束彼女に手を出すことは、出来ない。これで少しは信じてもらえないかな」

「…………!!恭也さん……」


恭也は笑顔を見せながらも、青ざめた顔ではぁはぁと、時折苦しそうに呼吸を繋いでいる。

霊力下限界欠乏エーテルダウンによる体力減衰。これは……………演技には、見えない。


「……言いたいことはわかりました。でも、もし別で援軍を呼んでいたら?あなたの素性を知らない以上、あなたがどんな手を使ってくるかなんて……」

「援軍が来るなら、君に席を外してもらう必要なんてない。君ごとってるよ。僕がどんな手を使ったとしてもそれは一緒だ」

「…………」


たしかに、そうだ。

他にどんな策が用意されていたとしても、もし彼が結束様の敵なら霊力下限界欠乏エーテルダウンになってまで明音の信用を勝ち取る必要はなかった。

そもそも、援軍なんて呼ばなくとも、彼相手に今の状態の二人では太刀打ちできないからだ。

彼が自ら不利な状態になってまで明音に席を外して欲しいのは、本当に聞いて欲しくない話をするからだろう。


それでも、やはり彼には不可解な所が多い。

命の恩人である手前、信じたい気持ちはあるが、やはりこの状況では疑ってしまうのも無理はない。


…………だが、少なくとも。


「………とりあえず……結束様に危害を加えないってことだけは、信じます」

「ん。今はそれで十分だよ。ごめんね、除け者にしちゃって」

「……………いえ、不必要な情報を耳に入れないのも仕事のうちなので」


そう言って明音は静かに背を向けて歩き出す。


仕事だと冷静。オフだと天真爛漫。

メリハリをつけるのは当たり前なんだろうけど、彼女は特に感情の起伏がだいぶ激しい気がする。

とても楽しそうで、いい子だ。


恭也はそんなことを考えながら、病室を出ていこうとする彼女を呼び止めた。


「あ、一個気を付けて」

「…………?なんですか」

「出来るだけ、外には出ないように。君が祐に見つかっちゃったら僕と彼女が二人で話していることを察すると思うから」

「………あんな実力だけの脳筋にそんな頭があると思わないんですけど」


やはり彼女は祐の話になると露骨に顔をしかめる。

実力だけの脳筋………か。

目の前で霊獣と互角に渡り合ってその強さは認めてるけど強引に脅して交渉してきたからそれを皮肉的な意味で脳筋って言ったのかな。

ま、仕方ない。嫌いな奴の行動はどんな見方をしても悪く見えるもんだ。


「あまり馬鹿にしないであげてよ。彼、ああ見えてちょっとだけ頭いいんだ。一応気を付けといて」

「……恭也さんがそう言うなら……分かりました。では」


そう言って彼女は病室を後にした。


これでやっと結束と二人だ。


「うん。愉快だね、君の従者は」

「………何を愉快だと言っているのか分からないけど」

「そりゃあもう、全部」

「……全部、ね。たまに私が愉快じゃない時も愉快なのはちょっとどうにかして欲しいけど」

「はは」

「……………それで、話は?」


結束は恭也がどれだけ楽しそうにしていても笑顔を見せようとしない。

今日1日でよほど疲れているのだろう。

体はもちろん、主に精神的な面で。

死にかけたり、脅されたり色々あったからねえ。


「そんな固くならないで。秘密の話って言っても、ぶっちゃけ雑談みたいなもんだから」

「………雑談の為にあの子を遠ざけたの?」

「うん。秘密の雑談」

「……………要件は」

「ふむ」


恭也は何かを考えるように一呼吸置き、言う。


「………君は、今日。祐に初めて出会った」

「………………」

「夏越祐について、君はどう思う?」

「……どう思う、っていうのは?」

「そのまんまの意味だよ。今日一日、夏越祐という存在に触れてきて、君は何を感じた?」

「…………………何を……感じた……」


きっと、今日一日だけでも彼女が祐に対して思うことは沢山あったはずだ。

おそらく彼女は今、それらの感情を精査し、何を言うべきかを絞り、言葉を選んでいる。


そして彼女は……口を開く。


「彼は……………苦しんでいるのに、必死に苦しんでいないような顔をしている。自分もそれに気づいていないかのように。……今日、彼に対して一番印象に残ったのは、それかしら」


その言葉に恭也は目を丸くする。


「は……ははは。なんだそれ。すっごく面白いこと言うなあ!君」

「……面白い?」

「うん!結構すっごく」

「……………」


恭也は結束の言葉に心底笑ってしまった。

彼女から見た祐。

その表現。

言葉選び。

彼女は今日1日だけであまりにも祐のことを理解しすぎている。

もちろん、祐の事情や過去は知るよしもないだろうけど。


だとしても、笑いしか出てこない。

笑って、恭也は下を向く。


「はは、もう。本当に……」


そして、独り言のように声色を落として、言う。




「………君を選んで、よかった」

「えっ」

「いや」




何でもない、と恭也は首を横に振る。

そしてそのまま言葉を続けた。


「………祐はね。平和がとても好きなやつだったんだ」

「……………だった?」

「うん。『平和こそ人生の極地』、俺が祐と出会う前から、彼が人生の指針にしていた言葉だ。でも、今となっては祐はこの言葉を自己暗示の道具にしている」

「………どういうこと?」

「ここからはちょっと、思い出話になっちゃうんだけど」


恭也は長い話になる、と前置きつつ、こほんと咳払いして、続ける。


「俺が祐と初めて話したのは中一の夏頃だったんだけど、あの時のあいつは傑作だったよ。いやあ傑作だったね!」

「一緒の中学校だったのね」

「クラスは違ったんだけどね。んで、ある日俺が教室の窓ガラスを割って居残り掃除させられた時の話」

「……………………」

「その時の担任がこれまた鬼でね。一年の教室全部掃除しろだと。当然アホみたいに時間がかかる。最後の教室を掃除しようと思った頃には、もう日が暮れそうだったんだ」

「………なんかこれ、あなたの話になってない?」

「いやいや、これからだよ。ちょうど祐が登場する時に止めたね君」

「…………それは悪かったわね。続けて」

「でー、その最後の教室に入った時、男の子が一人、教室の真ん中で一生懸命ノートに何か書いてたんだ。それが、祐」

「………………」

「テスト期間で部活もなかったのに、一人でこんな時間まで残ってたもんだから、『勉強してんの?』ってつい話しかけちゃった。そしたらあいつなんて言ったと思う?」

「さあ」

「即答。もうちょっと考えてよ」

「分かりようがないじゃない」

「いやまあ、そうなんだけど。じゃあ、正解。めっちゃ真剣にノートと睨めっこしてたくせに、俺が話しかけた途端、急にバカみたいに笑って『世界を平和にする方法、考えてた!』って」

「…………今の彼からは想像つかないわね」

「だろっ!いやぁ、あの顔は面白かったよ。それに加えて、あのバカみたいなセリフ!なんでも祐曰く、昔友達とそういう約束をしたんだと」

「………………」

「…………………でも」

「でも?」

「ある日、祐にとても辛いことが起きたんだ。いっそ死にたくなってしまうほどに苦しくて、辛い出来事」

「……………日天子アドウェルサの厄災?」

「そ。あの事件で、祐はいろんなものを失った。失って、恐怖を覚えた。その恐怖は今も根強くあいつに絡みついている」

「………分からないわ。あの事件は、たしかに天尚学園を運営していた水無月家にとっては大ダメージだったけど、傘下の家は解散しただけで直接的な損害は無かったはず。それに、……………そもそも、夏越家の彼は天尚学園には入れないはずよ」


天尚学園は霊術界に憧れる無名の人間を集めて優秀な人間を選りすぐる為に水無月が設立させた中高一貫の霊術士養成学校だった。


学費で水無月家の利潤を一役担うと共に、効率的に人を集められる正に一石二鳥だが、欠点は多数あった。


例えば、他の邦霊の家では幼少時から自身の霊能力に合わせた適正訓練が行われるため、一人一人の兵のレベルが水無月に比べて高い。だが水無月の当主、祐の父親は他の家との覇権争いに興味がなく、兵の強さよりも兵を集める労力の削減を優先し、学園を設立させたという話だ。水無月の軍事力が低いと言われる所以はここにある。


もう一つの欠点は、『学校』と言う名目で水無月の兵を選りすぐっていたため、他の家の調査が入りやすいことだ。

学園に入った時点ではまだ生徒は水無月の人間ではない。つまり個人情報の管理が自然と薄くなる。

それでも将来水無月に属するであろう人間は少なからずいるはずなので、まだ水無月に加入する前に事前調査をしようとする組織も沢山いた。


だが、これに関しては、祐の父が生徒の個人情報について厳重に管理をしていたため実際に生徒の情報が外部に漏れることはなかった。

そこに労力を割くぐらいなら他の家と同じように独自で兵を育てればいいのでは、と誰もが思ったが、その時祐の父が何を考えていたのかは分からない。


とにかく、天尚学園は張り巡らされた機密管理によって厄災で崩壊した今もなお、謎に包まれた施設だ。

だが、ひとつだけ言えるのは「天尚学園は無名の人間で構成されている」ということ。

つまり、夏越の人間は入学できない。

聞いた話だと水無月の調査の為に他の組織から送られてきた間諜や、入学後、水無月に不信感を抱く生徒がいないか監視させる為、水無月の次期当主候補が在籍していたという噂もあったが、彼は夏越祐だ。

天尚学園に籍を置いていたことは考えられない。


それなら、彼が厄災で覚えた恐怖とはいったい何だったのか。


「彼は……何を失ったというの」

「………それは、言えないかな。君が明日以降祐と顔を合わせて動揺を隠せなくなるような情報は、言えない」

「逆に今まで言った事は許容範囲なのね」

「詳しいことは何も言っていないからね。俺は祐に辛いことがあったって言っただけだ。まさかそれだけで君が祐に気を使うことなんてないだろ?」

「………………」

「………ま、とりあえず話の続きだ。祐には、辛いことがあった。恐怖を植え付けられた。そして………その恐怖が原因で祐は平和を望まなくなった」

「…………平和」

「そう、平和。争いのない、貧富の差もない。誰もが平等で……無名の人間とも、一緒に居られるような世界」

「………彼が約束を交わした相手は、無名の人間だったのね」

「うん。詳しいことは俺も知らないけど。どちらにせよ、祐は諦めた。強くなることができれば、全てを守れると思っていたのに、全てを救えると思っていたのに、たとえ今が弱くて未熟でも、努力を続けてればきっといつか、絶対に報われると、信じていたのに。それが子供が夢見る絵空事であることを身を持って痛感した。…………だから祐はもう2度と大切な人を失わなくて済むように、そもそも「大切な人」を作らなくなったんだ。そして、霊術という存在から距離を置いて、月園高校の入学も辞退した」


………平和こそ人生の極地。

厄災前と後で言っていることこそ同じだが、その意味はまるで違う。

厄災前は旧友との約束を忘れないために祐が作った、素直な可愛い言葉だった。

だが祐は今、「平和」という言葉を「孤独」にすり替えて使っている。

自分の人生観を壊されて、それを形だけでも失わないようにと、かつての「約束」を「自分が一人になるための理由」に無理矢理置き換えて。

祐は必死に苦しみながら生きている。


「………辞退。彼があなたに無理矢理学校に連れられてきたって言っていたのは、本当だったのね」


結束の言葉に、恭也は「え?」と、目を丸くする。


「いやいや、何?あいつそんなこと言ってたの?それ、絶対嘘だよ」

「嘘?」

「今のあいつを苦しめているのは、恐怖じゃない。恐怖と孤独の矛盾だからね」

「………待って。全然話が見えないんだけど」

「……………確かに状況だけ見れば俺が祐を脅して無理矢理学校に連れて行った形だけど、そもそも祐は学校に行きたかったはずだ。あいつは孤独に飢えていたから。だから、無理矢理連れて行った」

「……孤独に、飢えていた?彼が友達を欲しているようには、見えなかったけど」

「そりゃあ、祐は夏越の人間だからね。自分を嫌っている人ばかりいる月園高校でどのツラ下げて友達になりましょう何て言うんだよ」

「……じゃあ、なんであなたは、彼を学校に連れて行ったの」

「………昔のあいつに、戻って欲しいからだよ」

「………………」

「あいつは、「人」が好きなんだ。人と話すのが好き。人と遊ぶのが好き。人と一緒にいるだけで、楽しそうな顔をする。本当ばかで単純で、直情的な奴。そんなやつが………ずっと一人でいることに、耐えられるわけがない」

「……………………」

「祐は友達を欲していた。あいつが笑うためには、友達が必要だ。でもあいつには俺以外まともに話す相手はもうこの世にいない。だから、学校に連れて行ったんだ」

「………でも、彼は苦しんでいた」


少しだけ。

ほんの少しだけ、震えた声。


…………………。

きっと彼女は今、少しだけ怒っている。

祐の苦しそうな顔を一番身近で見てきて、その原因が恭也であることを知り、その事に怒りを露わにしている。

お前は見てないから分からないだろうと。

祐が苦しんでいる姿を見ていないから、彼の気持ちが分からないだろうと言いたげな目でこちらを睨む。


まあ、俺は今日一日祐のことをあの手この手で監視していたから、祐が今日どれだけ苦しんでいたかは君以上に知っていると思うけど。


…………それにしても、こんなにも不可解なことがあるだろうか。

邦霊の人間が、夏越の為に感情を突き動かすなど。

彼女はやはり、どうしようもないほどに行き過ぎた感情が理性を突き崩している。



…………………。


だが、彼女こそ知らない。

祐の今までのことを。

祐がどんな気持ちで半年間家に引きこもっていたのかを。

ちょっと楽しい話になった時に心から笑えず、どこか罪悪感を孕んだような苦笑いしかできない祐を。

自室で一人の時、毎日のように焼け残った家族との写真アルバムを見てはキザったらしくため息を吐いている祐を、彼女は知らない。


だから、俺は。


「…………祐は学校で、周りの目を気にしないように見せようとしていた。忌み嫌われる夏越の人間として弱みを見せるわけにはいかなかったから。でも、本当は繊細なやつなんだ。それが分かっているから君は『苦しんでいるのに、必死に苦しんでいないような顔をしている』って言ったんだろう?」

「………彼は、誰かに責め立てられている時や周りに蔑むような目で見られた時、苦しそうな顔をしていた。今なら分かる。あれは………「孤独」を感じているときだったのね」

「「孤独」に耐えられずに、人に触れたくなる。でも、人に触れると大切な人を失う「恐怖」を思い出す。その矛盾が『祐』なんだ。でも、その苦しみはほっといたって消えやしない。家に引きこもったところで傷口を広げるだけだ」

「だから、学校に連れてきたと?」

「うん。人に触れて、もっと苦しむことで彼のねじ曲がった矛盾は矯正される。初日にしてもうその片鱗が見えてきたよ」


そう。

そうだ。

本当に祐は、態度だけ見れば変わっていないように見えるが今日だけで著しく人間性を取り戻している。


…………例えば、今日君を助けてしまったこととかね。


「………………」

「これで、祐のことで俺が言いたいことは全部言った。長かったけど、これからが本題だ」

「本題?私が彼のことを知って、その先に何があるって言うの」

「彼と、仲良くして欲しい」

「……………え?」

「言ったろ?祐には大切な人が必要だ。俺はその第一人者になるのは君だと思っている」

「………無理な相談ね。彼は私を受け入れないし、私も彼と向き合うことはできない。彼は夏越で、私は如月だから」

「それ、家の名がなかったら仲良くしたいって聞こえるけど」

「そんな仮定の話は意味ないのよ。邦霊のど真ん中にある学校で彼と私が相容れることはない。そこに互いが互いをどう思っているのかは関係ない。感情論でどうにかなる話ではないのよ」

「…………ふむ」


祐との話し合いの時に見せた彼女のちょろさを見るに押せばいけるだろうと思っていたが流石にそこは冷静な判断ができるらしい。


「大体、なんで私なの?たしかに今日1日で彼と一番関わったのは私でしょうけど、家の事情を考えればもっと他に適任者はいるはず。それに…………そもそも、あなたは彼の友達じゃないの?」


結束の素朴な疑問に、恭也は苦笑いをして目線を落とす。

何かを、言い悩むようだった。


「……………………友達。うん…………そうだねえ、俺は祐の友達だ。でも、俺だけじゃ当然足りないよ。生きていく中で友達はたくさん必要だろう?……………それに」

「………………」

「…………ま、色々あってね」


恭也のはっきりとしない答えに、結束は顔をしかめる。


「…………ねえ。神崎恭也。あなたは、何者なの」

「おお、自問自答じゃん。俺は神崎恭也だよ。あ、それとも足りない?んじゃ、好きな食べ物は惣菜パンとそうめん」

「あなたは、自分のことを何一つ明かしていない。ずっと第三者目線で物を語っているけれど、あなたは正体不明で、いろんなことを知りすぎている」

「え、すげえ無視」

「昨晩、私宛にメールが届いていた」

「………………」

「『このメールは如月の諜報管制ちょうほうかんせい室のアカウントを一時的にジャックして監視の目を潜り、君にしか見られないようにしている。読んだらすぐに削除して欲しい。明日、「祐」という生徒が君と同じ11組に配室される。そいつは君が追いかけている『日天子アドウェルサの厄災』の関係者だ。興味があれば彼に接触を図って欲しい。 1年1組 神崎恭也 』ってね」

「わ、すごい。一語一句覚えてんだ。まあ俺自身覚えてないから一語一句当たってるかは分かんないけど」

「どうやって私のアカウントを手に入れたの。それにうちの諜報管制室の目を掻い潜るなんて無名の人間が単独で行えるとは思えない。それなのに、堂々と自分の名を名乗ってメールを送ってくるなんて、どういうつもり?」

「いやあ、メリハリがあっていいでしょ。隠すとこは隠す。出すとこは出すって感じで」


………それに、もし名乗っていなかったら君はメールを暗部に送って調査させていただろう?

如月に逆探知をかけられて本気で調査されればさすがの俺でも逃げられない。

どうせ素性がバレるなら名乗った方がメールの内容に集中してもらえる。


「それだけじゃない。あなたはなぜか、今日発表されるはずのクラスの内訳も知っていたし、私が厄災について調査しているのを知っているのは私と父上だけ。………どうして、あなたがそれを知っているの」

「うむ。実は貴方様の父上とは昔から仲良くさせていただいて……」

「はぐらかさないで!!」

「……………」

「あなたは、夏越や厄災のことだけじゃない。如月についても知りすぎている。あなたは、如月の脅威になり得る。このまま帰すわけには………」

「……もうそろ、体、動くな」

「………えっ」


恭也は無邪気な子供のようにう〜ん、と体を伸ばしながら立ち上がり体の動きを確認する様に、ぐっ、ぐっ、と拳を握りしめる。


「うん、霊力、回復してきた。んじゃ、もう話すこともないし、帰るね」

「ち……ちょっと!帰さないと言って……」

「はは、何を言っても俺は帰るよ。それとも君にそんな強制力があるのかい?」

「っ……」

「ちなみに俺のとこに兵を送っても無駄だよ。あのメールは俺が毎日管理しないと邦霊の全アドレスに一斉送信されるようになってるんだ。俺が死ねばそれが実行される」

「…………あなたっ……」

「ま、心配しなくても、そっちが俺のことを変に詮索しない限り危害を加えることはしない。俺の目的にたまたま君が必要なだけで、俺本人としては如月にあまり興味はないから」

「そんなの、信用できない」

「君が信用するかしないかもどうでもいい。まあでも、そうだな………何も教えてあげないのはさすがにかわいそうだ。一個だけ、言ってあげる。祐と仲良くして欲しいって君に頼んだ理由」

「……………」

「色々理由はあったんだけど、どうも君を選ぶ決心には至らなかった。でも……『彼を守るのに、理由は必要ない』んだろう?あの時、決めた」

「……!!」


………どういうことだろう。

今の言葉は試験の時初空七瀬と、夏越祐についての会話をしている時に自分が発した言葉だ。


だが、おかしい。

あの時この男がいる1組も試験中だったはずだ。

つまり11組の試合を直接見ることができない。

見ることができるとすれば録画だが、試験データを保管しているのは学校の上層管理部。

つまり邦霊の人間だけだ。

この男は………邦霊と繋がっている?



結束は、目の前の男に悪寒を覚え、冷や汗を垂らす。


「あなた…………本当に、何者なの」




恭也は薄く笑って、ぼんやりと上を向く。


「………………さて、ね」































……………俺は、神崎恭也だ。


誰に問われようと、その答えは変わらない。






………………でも。































「…………『神崎恭也』って、なんなんだろうね……」




恭也は自嘲する様に呟いた。

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